テーマ:お隣さん

壁のむこうの色

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「兄ちゃん、あれなに」
 アパート横にある小さい公園の砂場で、硬い山を叩きながら優也が言った。アパートの前には引っ越しのトラックが停まっている。
「誰か越してくんのかな」
 砂のついた制服のシャツをはたいて立ち上がって見た。数カ月前、親父が嫌がらせをしまくって隣のひとが出て行ったが、新しい住人が入るのだろうか。引っ越し業者の男がカラフルな三輪車を抱えているのが見えた。子供連れか。
「なあ、アパートのひととあまり話しちゃだめだからな」
「わかってるよ」
 優也は拗ねたように砂場から飛び出て、隣にある揺れる犬に飛び乗った。この小さなしょぼい公園には砂場と揺れる犬一匹と今にも壊れそうな木製のベンチだけがある。落ち着きのない優也と対照的に大人しくて怖がりの妹さくらはずっとベンチに座っている。
「さくら」
 しょんぼりしてカサカサぼさぼさの髪の毛が顔を隠す。
「さくら、わんわん兄ちゃんといっしょにやるか」
「こわい」
「こわくねえよ。優也あんな楽しそうにやってるぞ?」
 揺れる犬を折れそうな勢いで揺らしている優也。
「こわい」
 そう言ってさくらは制服のずぼんにしがみついた。
「もう帰るか?」
 二人を連れてアパートの部屋へ戻った。帰り際さりげなく引っ越しの荷物を覗くと、中には二人が羨ましがりそうな綺麗な外国風のおもちゃが沢山あって、同じ年頃の子供がいることがわかる。他の荷物もなにもかもが明るくてカラフルで、うちにあるものとは全然違った。なんだか嫌な感じがした。
「手あらえよ」
 家に入ったときの呪文のようにそう言うとなんとなく自分たちの部屋を見渡した。茶色い。そう思った。二部屋ある片方は、さくらが切り刻んだ新聞紙やチラシが散らばっていて、100均で買った5台100円の優也のミニカーがあちこちでそれを踏み潰すみたいに事故を起こしている。もう片方は敷きっぱなしの布団とローテーブルがあって、そこで飯を食べたり、親父が酒を飲んだりする。
「さくら。何色に見える?」
 さくらはとぼけた顔を向ける。すると優也が走り去りながら、
「ちゃいろ!」と言った。

 夜9時前夕食をすませて二人を寝かそうとしているときに親父が帰宅した。180センチの長身といかつい身体を横に大きく揺らしながら音を立てて歩くその存在感はものすごい。親父が帰ると瞬間に空気は変わる。
「柊也。まだいたのか? 仕事は」
「これからだよ」
 もう出なくてはいけない時間だったが、まだ二人の寝る支度ができていない。優也は床に転がりながらミニカーをぶつけ合って遊んでいるし、さくらは小さくなった紙くずをはさみでさらに小さく切り刻んでいる。

壁のむこうの色

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