壁のむこうの色
「ごめん……」
最悪な気分になった。隣のような明るい色の家に自分がしてやらなきゃいけないのに。できないから悲しくなった。隣が羨まして、悔しくて、嫌いだった。いや、違う。自分が嫌いだった。
嫌な気分のときに、嫌なことは起こるもので。その夜ひさしぶりに親父が大暴れした。些細なことでブチ切れて、そうなるとどうにも止められなくなる。俺は、弱っていたと思う。親父と闘う力がなかった。悲しくて、だめだった。
もっと稼いでこい、と親父は家の中のありとあらゆる物を投げつけてきた。リモコンや食器、灰皿に煙草。テーブルも飛んだ。さくらと優也は部屋の隅で布団をかぶさって小さくなっていた。その布団の山にたまに物があたると、どうしようもない気持ちになって必死に山だけは守ろうとした。
わかったから。もっと稼ぐし、頑張るから。
どんくらいの時間か。さんざん暴れて家をぐちゃぐちゃにした親父は唾を吐くように家を出ていった。一瞬で静まり返る。この嵐の後は猛烈な虚しさが残る。家の中はもう茶色いどころか真っ黒だ。なんだか身体のあちこちが痛かった。小さい山のところへそうっと行って手をかけた。息を殺した山は小さく震えていた。でも、暖かかった。
「ごめんなぁ」
山を撫でてそう言ったら余計悲しくなった。布団をはいでやれない。明るくて笑顔がある家を作りたい。隣みたいな。でも、全然だめだった。
「おにいちゃん」
山から優也とさくらがそうっと顔を出した。ふたりの顔を見たら申し訳なさで涙が流れてきた。それを見て二人も一緒に声を上げて泣いた。
こんなんでごめん。こんな家で、ごめん。
『柊也。今日はきてないね。体調わるいわけじゃない? 大丈夫かな』
アイカからラインが来た。
『大丈夫だよ。そういやノートありがとう。本当たすかった』
『全然だよ。これ、見て。買ったんだ』
可愛らしい花と花瓶の写真が送られてきた。
『どうかな?』
『かわいいね! アイカの部屋に合う』
『ありがとう。具合悪いならちゃんと休んでね。お見舞いだよ』
『ありがとう』
アイカの優しい言葉でまた力が沸いてきた。立ち上がって部屋を軽く片づけて布団を敷いた。優也とさくらを両脇に抱えるみたいにして抱いて寝た。ふたりはなかなか寝なかったけど、しばらく抱きしめていたらちゃんと眠った。
守らなきゃいけないものがあるからこんな色の家でも、隣とは全然違っても、頑張ってこの家で俺はやっていくんだ。もっと稼げば、もっと家のことも頑張れば、親父はあんなにイライラしないし、明るい家にきっとなる。もっと自分が頑張ればいい。
壁のむこうの色