『南極料理人』『子供はわかってあげない』『さかなのこ』などで知られる沖田修一監督の最新作は『さとこはいつも』。世代の違う3人の「さとこ」が、それぞれ自分の物語を書くことによって自らを解放したり人生の決着をつけていく様をユニークに描き出す。その美術は、前述3作を含め、多くの沖田作品に携わってきた安宅紀史さんの手によるものだ。
リアリティを指向しつつ、意識した重なり合う要素
登場する3人の「さとこ」は、15歳の中学生・中井聡子(姫野花春)、35歳の西田沙都子(有村架純)、55歳の主婦・飯島里子(石田ゆり子)。その住まいは3人ともロケセットで撮影がおこなわれた。
映画宣伝プロデューサーである沙都子の住まいは2DKのマンションだ。
「就職を機に越してきた、という設定です。ひとり暮らしなら十分な広さ。十数年住み続けて、いまではちょっとくたびれていますが、映画会社でそこそこ収入が見込めるからと当時は奮発して築年数の浅い物件を選んだのでしょう。リビングから見えるキッチンの窓の位置や、玄関からの視界など、お芝居や動線も考えてこの物件になりました」


映画宣伝に従事するキャラクターは映画における恰好のモチーフになりそうなものだが、その職業を描いた作品を目にすることはあまりない。
「沖田監督が『沙都子は学生時代に単館系の劇場に通うくらい映画好きだったことが高じて映画配給会社に就職した人』と話していたことを受けて、演出部経由で何人か映画の宣伝をされている方の部屋の写真を撮っていただき、参考にしました。ただ『仕事は仕事』という感じで、部屋にお仕事要素を持ち込んでいる人って正直言うと、多くはなかった(笑)。沙都子のキャラクターを際立たせるために、飾り付けはデフォルメしているところがあります」
部屋には映画を想起させるアイテムや、沙都子の嗜好を伝えるものが散見される。
「沙都子は仕事を持ち帰るタイプなので、デスク周りには仕事関係のファイル類や会社の封筒がいろいろと置かれています。元サブカル少女でもあるので、本棚には宣伝関係の資料本に混じって、コミックや小説などが並んでいます。ただ、映画好きであるものの、シネフィルまでではない。映画の評論本やマニアックな書籍も用意していたのですが、キャラクターと合わないと考えて最終的には外しました」
目を引くのは壁に貼られていたり、丸めて隅に置かれていたりする映画のポスターやチラシだ。

「ほとんどのポスターは美術部で作成しました。版権的に問題ない、使用してかまわない素材を美術部と演出部で探し出してつくっています。入社したての回想シーンではジム・ジャームッシュ風のものやホラー、アート系や作家性の強い作品など、沙都子が純粋に映画好きだった頃のものを飾っていますが、現在のシーンでは、チラシも含め、仕事で関わった作品を中心に飾り変えています。韓流にはまっているから韓国映画も混ぜています。ただし物語の展開に密接に関わる韓国ドラマのポスターに関しては、実際に職業として映画のポスターをデザインしている方にお願いしました。写真素材も撮り下ろしてつくったんですよ」
飾り変えには、沙都子の心情の変化が表れている。

「沙都子は意気揚々と映画会社に入社したものの、仕事のなかで、自分の思いが宣伝としてストレートに観客に届くわけではないことを経験するんです。そしてビジネスライクな思考に染まりつつある自分自身に対して、どこかで迷いを感じている。新入社員の部下の姿にかつての自分を重ねたりもする。きっと、本当に自分がやりたいことにまだ辿り着いていないんでしょうね。沙都子と仕事の距離に関する裏設定については監督とかなり話し合ったところです」

裏設定に関していえば、3人の「さとこ」の住まいには共通する仕掛けもある。
「3人は全然別のキャラクターなのですが、監督は撮影前に『見方によってはひとりの人間の人生のように見えたら面白いな』とおっしゃっていました。そこで、3人のキャラクターのリアリティをいかに出すかを美術のベースにしながらも、微妙に重なり合う部分を意識するようにしました」
3人の住空間とも、スノードームが飾られている。

「この映画で最初に撮影したのは、里子のエピソードに登場するサトウ書店という本屋さんの外観です。内部はその後にセットをつくって撮りましたが、外観は本当の雪がある時期に撮っておく必要があったんです。別荘のようなログハウスをお借りして、ドアや窓など印象的な要素を加工したのですが、少しファンタジックなその外観を撮影したことで、美術全体を通じてどの程度のリアリティラインを狙うかを逆算して進めることができました。

15歳の聡子の部屋には雪が降る小屋をイメージしたスノードームを置いています。沙都子の部屋に置いたのはシジュウカラの一点もののスノードームで、これも里子のエピソードに繋がるモチーフです」
3人の住空間に共通する要素はほかにもある。
「共通して出てくるのは、サトウ書店の紙袋。塩辛もそうですね。あと、3人を繋ぐ要素として意識的に色合いを配していて、部屋の色使いは3人ともグリーン系で共通させています。逆に机の上の電気スタンドは、3人とも同じデザインの色違いのものを飾っていたりします」


今作において安宅さんは意外な役割も担っている。
「里子邸の庭にある野鳥用の餌台にシジュウカラが飛んでくる映像は僕が撮影したものが使われています。コロナ禍で時間があったとき、ウチの庭に餌台をつくったんです。鳥が来るのは主に冬場。餌がない時期は餌を撒いていると食べに来る。もともと野鳥の専門家の方に撮ってもらうはずだった予定が春になり撮影が難しくなったそうで、演出部が『どうしよう』と相談していたので、『ウチにも鳥は来ますけど?』と伝えたところ、監督と撮影の芦澤明子さんがウチにきて、カメラを据えつけて『このボタンを押すだけです』と(笑)。
電池が切れないように、鳥が来たときだけポチッと押す。暖かくなり始めていたんですが、ギリギリ撮れました。ただカメラ脇にずっといなければいけないので、その間は仕事にならない(笑)。1週間くらいで『使えるかわかりませんけど』と素材を渡して機材をお返しました。結果、『これで大丈夫です』というお返事をいただけたのですが(笑)」



映像カルチャーマガジン・ピクトアップ #162 (10月号 2026年8月10日発売 )『さとこはいつも』の美術について、美術・安宅さんのインタビューを掲載。
東京23区の物件を探す
Profile
プロフィール

安宅紀史
ataka norifumi
Movie
映画情報












