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物書きの隣人

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「変態失格、です」
僕は緊張気味に言った。
「ああ、覚えているよ、そのタイトル。色々な意味で、審査員の間でも話題になっていたよ」
僕はそれを聞いて嬉しくなった。当たり前だが先生がちゃんと僕の作品を読んでくれていたこと、そして話題に上がっていたということに。
「冷めた味噌汁の……ようだったなぁ」
先生はぽつりと、夏の夕空を眺めながら言った。
「どういう、意味ですか?」
「伝わらなかったかい……? 君の作品のことだよ」
先生の一言で、急に不穏な空気が流れ始めた。“冷めた味噌汁”が、少なくとも良い意味ではないことを、僕は分かっているからだ。
「作品というよりは、君の文章のことなんだがね。私は、理想的な文章とは水のようであるべきだと思っていてね。無駄なものがなく、必要なものを最低限だけ備えた文章だ。それに対して、君の書く文章は無駄が多く、情報量に溢れ、描写がくど過ぎる。文章とは、作品の世界観を構築するいわば基礎なんだ。君の文章はその世界観を濁らせてしまっている。作られた文章が、読者を白けさせる。伝わるだけの文章で良いのだ。体裁を整えようと色々付け足すのは間違いだ。そのような文章で書かれた作品はどこか人工的で冷たく、嘘っぽさがある。いまいち、物語に入り込めない」
それを何故評価シートに書いてくれなかったのだ、ということは置いておくとして、先生の言葉が深く身に突き刺さった。どこにも反論のしようがない、まさしく僕のためにある指摘である。
「先生……、やはり僕は、作家には向いていないんでしょうか?」
「何故そう思うんだね?」
「才能がない、と感じているんです」
先生はどこか合点がいかないという顔を作ると、僕に言った。
「君は、作家に向いている人間とはどういう人間だと思う?」
作家に向いている人間——。そう聞かれて、確信的に「こういう人間である」と答えることは難しい。しかし僕が漠然と、作家人に対して持っているイメージならある。
「変わっている人、ですかね」
「そうだね。人と違うことは才能でもある。個性があることは創作において大きな強みだろう。だが、それはあくまで素質だ。私が思うのはもっとモチベーション的なことだ。創作の原動力となるモノを持っているかどうかだよ」
「小説を書く理由……ですか?」
先生は小さく頷いた。
「確かに、元々個性的な素質を持つ人は面白い小説を書くだろう。でも、たとえ無個性であっても、人生を生きる中で筆を取る確固たる理由を見つけた人間は、それ以上に面白い小説を書けると、私は思っている」

物書きの隣人

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