テーマ:お隣さん

物書きの隣人

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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クシャクシャに丸めた「評価シート」はゴミ箱を大きく外して床の上を乾いた音を立てながら転がった。
何が、「山田國夫賞」だ。人を馬鹿にしやがって。腹が立ったので外の空気を吸いに玄関を出た。
既に時刻は六時を過ぎていたが、まだ外は明るい。僕は近くの公園に行くことにした。僕はその公園のベンチには何度も世話になっている。どうしようもなくなった時は、ベンチに座って缶コーヒーでも飲みながら空を眺める。そうすることで少しずつ落ち着いてゆくのだ。
傍から見たらただの変質者に見えているかもしれない。安心して下さい、誘拐しませんよ。
3分ほど歩き公園に着くと、先客が僕のVIP席に居座っていた。初老を過ぎたくらいのおじさんだ。白髪の混じった短い髪に、色黒で比較的精悍な顔立ち。今まで何度もここに通っているが、見かけたことは一度もない。僕は仕方ないので、VIP席の近くにあった石でできた椅子に腰を下ろした。硬くて、ひんやり冷たい。ずっと座っていたらケツが痛くなるのは間違いないので、あまり長居は出来そうにない。僕はカシュッという音を立てて缶コーヒーを開けると、それを一口含んだ。

「新人賞、残念だったね?」
空を見上げていた僕は、口からコーヒーを噴水のように噴き出したら面白かったのだけど、それよりも驚きが勝って何もリアクション出来なかった。初老のおじさんの言葉はそれほどに思いもよらないものだった。僕はゆっくりとおじさんの方を向いたのだが、顔よりも意外な部分に目がいった。ベージュのズボンの股間付近に、とても分かりやすいシミがある。小便の跳ねた跡だ。あまり関わりたくないな、と思った。
「私の賞に応募してくれたのは嬉しいけどね」
おじさんの二言目が、僕に前言撤回を余儀なくした。“私の賞”と、言った。つまり――。
「あなたは――――?」
「私が、山田國夫だよ」
おじさんは、ふふっと微笑む。憂さ晴らしに来たというのに痴呆の老人に絡まれてしまうとは、才能だけでなく運もない男だな僕は。
「今、私の事をボケ老人か何かだと思ったろう。思われて当然だな。まぁ、証拠と言ってはなんだが」
僕はおじさんから手渡されたものを仕方なしに見たが、途端に目を見張った。それは先生が所属する日本推理作家協会の会員証であり、山田國夫の文字がはっきりと印字されていたのである。更に、にわかに信じ難いことだが、今目の前にいる老人の顔と、会員証の顔写真が寸分違わず見事に一致しているではないか。何度も老人と会員証を交互に見てから、僕は自分を運のない男だと思ったのを反省した。僕は運を味方につけたスペシャルラッキーボーイだったのである。

物書きの隣人

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