7月期
予感のゆくえ
雪国育ちではないけれど、雪国の人ですか?とよく聞かれる可奈子は、雪には特別な思い入れがある。「雪」という文字の形も響きも好きだし、雪の結晶が次々と映し出される万華鏡がこの世に存在するのなら、なんとか手に入れてみたいと思っている。
そして、人生の転機となる日に、こうして雪の洗礼を受けた。
明日はお店への挨拶を兼ね、相沢氏が美味しいと惚れこんだ料理をいただくことになっている。可奈子を金沢へ連れて来ることとなった元の元。威厳よりもどこか飄々とした感じの板前さんを想像してしまうのは、可奈子の願望の裏返し。
お店は浅野川を渡った東の茶屋街の中にあり、会社で用意してくれた2Kの住まいは、浅野川大橋を渡る手前の川沿いにある。
荷物の整理に目処がついたら、まずはお店で着る着物を見立てに行こう。
昨日の夜、相沢氏から「お店に出るまでに、ちょうどいい感じの着物を見繕っておいてください」との電話があったのだ。
「ちょうどいい感じって言うのが一番難しくありません?」と可奈子が返答すると、携帯の向こう側から、相沢氏の笑う声が聞こえた。
仕事で着る着物だから、木綿とウール混の仕立て上がりで良しとして、自分のお金で自分のために薄紫色の着物を誂えてみようかな……だとか。
そんなふうにあれこれと楽しく思いを廻らしながら、可奈子は独り、嵐の前の静けさとなるかもしれない一時を、心ゆくまで楽しんでみた。
予感のゆくえ