予感のゆくえ
全てがぎゅっと凝縮されたその瞬間を、可奈子は今も鮮明に覚えている。
調理学校の体験学習として二週間、中陣へ現場体験に来ていたものの、することもなく見学状態だったコウタ君は、話し相手が見つかったとばかりに、
「僕も学校でサヨリの両褄折り焼きしたことありますよ」と心なしか楽しそう。
「薄い魚だから、卸すのが難しかったでしょう?」
「僕、魚屋さんでバイトをしてたことがあるんで……」
「魚を卸すのが得意?」
「と言いたいところですけど……まだまだです。でも魚の漢字読みなら得意ですよ」
「ホントに?じゃあ、魚偏に春と書いて?」
「サワラ」
「じゃあ、魚偏に喜ぶと書いて?」
「キス」
「そぉしたら、次は、えーっと……」
「問題を出す方が難しくありません?」
打てば響くような相手とは、まさに彼のこと。つい最近まで少年だったことを彷彿させる表情豊かな顔つきも好ければ、なんとも言えない可愛げのあるところも好ましい。
「海老の背綿とりくらい一人前にできなくて、お前、学校で何を習ってるんだ」と叱咤する料理長の声にも棘がなく、彼もまたコウタ君のことを可愛らしく思っている一人。
見た目はまったくの現代っ子なのに、何かを企んでいそうな好奇心いっぱいの大きな茶色い瞳と、しっかりした意思のある口元が、コウタ君の魅力を最大限に醸し出している。
まだまだ男の子なのだと思っていたら、休憩時間、当たり前にタバコを吸っていて、
「先月、目出度く二十歳になったんで、堂々と一服できるようになりました」
と得意げに一言。どんな少年時代だったのかな?同世代の子といる時はどんなふうなのかな?なんて、彼への興味が膨れ上がっていく最中、コウタ君の最終日がやってきた。
「結局、僕が出来たことといえば、漬物の盛り付けと蓮大根のラップ包みと、後は何でしたっけ?」
「蒸し物の見張り番」
「あぁ、それもありました!」
たった二週間という短い期間だったにも関わらず、コウタ君の送別会が閉店後の店内で催されることになり、有志だけの予定がいつのまにやら全員参加。こういう席には滅多に出席しない最年長の志乃さんまでもが、ちゃっかりコウタ君の横に座ってご満悦のご様子。
「僕、ここに来て初めて、レンジじゃなくて、お湯で温める熱燗を知りました」
「そうかい。それは良かった。志乃さんのお酒は美味しいかい?」
「美味しいっす」
「おいおいコウタ。外にもまだ、初めてなことは沢山あったやろ?」
「はい。沢山ありすぎて、ここではすぐに挙げられません。僕は体験学習だったから、なんとかこうして二週間を終えられましたけど、新米として入っていたら三日と持たなかったと思います」
予感のゆくえ