テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 彼は、ものすごく身長が伸びていた。昔は背も低く走るのも早くなかった彼だったが、高校一年の秋くらいから急に身長が伸び始めたらしく、それに合わせて努力の成果がようやく実り始めたと言っていた。そして、最後の大会ではチームのスタメンに名を連ねて、みごとに県のベスト四に進出した。
 その男の子が高校に入ってもバスケットボールを続けられたのは、なんと、私が高校に入っても続けていると思っていたからだと言った。背が低い私でも頑張っているのだがら自分にだって出来ると、勇気をもらったのだという。まあ、私はたった一年で辞めてしまっていたのだが、彼がそれに気がついたのは、二年生の夏の大会だった。県内ではあるが遠くの学校に進学した彼には、私の情報は入ってこなかったらしい。
 でも。彼は、私に感謝していた。バスケに明け暮れた高校三年は楽しかったと。それは、私のおかげだったと。
 私は恐縮と後悔、そして恥ずかしさから、何も言えなかった。そして、その男の子とは、それっきり会っていない。
 そうか。先ほど少し思い出した、高校のときに身長が伸びた男の子というのは、あの彼だったか。今の今まで、すっかり忘れていた。
 ……この街に来なければ、この祭りに参加しなければ。私はこんな思い出も、ずっと胸の奥底に沈めたままだったのだろうか。

 私と男の子は、しばらくの間、自分が過ごしてきた故郷について話した。どんな街だったか。何が美味しかったのか。学校の様子はどうだったか。休みの日は何をするのか。とりとめのない会話だったが、話題は尽きなかった。
 そうしていると、巾着に入れていた携帯電話からメロディが流れていることに気がつき、私は取り出して画面を確認する。するとそこには、一緒に来ていた友達の名前が映し出されていた。電話に出て確認すると、一緒に回っていたはずの男性が、急に用事が出来たと言って帰ってしまったらしい。女性を放って何処かに行くとは何事だ、と私は思ったが、どうやら明日に控えた花火大会を一緒に回る約束を取り付けたらしく、さすがだ、と感心する。こういう抜け目ないところを見ると、この祭りに参加することを事前に相手にリークしていたのかもしれない。
 すると、男の子の方にも、携帯電話で呼び出しが掛かった。はぐれた友人が必死に探しているらしく、さすがに逃げ回るのも止めます、と告げた。
「じゃあ、ここでお別れね。今日は、付き合ってくれてありがと」

あのころを追い越すまで

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