テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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「浴衣、綺麗ですね。お似合いです。でも、着ている側がそんなでは、せっかくの衣装がもったいないですよ。もったいないといえば、あなたも可愛いらしい女の子なのですから。そんなお転婆では、好きな男の子に振り向いてもらえませんよ」
 私がつらつらと言うと、その子はきょとんとした表情を浮かべてしまった。いきなり過ぎたか、と私は反省する。すると、その女の子は頬を赤らめると、その短い髪の毛をがしがしと掻きむしる。
「ええっと、その。すみません。この浴衣、着たくて着ているわけじゃありませんので」
「あら。そうなの。ということは、お友達とか、ご両親から薦められてってことかしら」
「いいえ。その、罰ゲームです」
「バツゲーム?」
 そこで私は、おや、と思った。この女の子、ボーイッシュはボーイッシュなのだが、どこか違和感がある。浴衣の裾からのぞき見える腕や、緑の鼻緒が可愛らしい下駄をひっかけているその足の感じが、どうも骨っぽい。私も二次成長は遅めだったが、さすがにこの子の歳のくらいには、少しは女らしく肉も付いてきた気がするが……。
 ん、さっき、バツゲームと言ったか。ということは、もしかして。
「……もしや、キミ。女の子じゃなくて、男の子?」
 私がそう聞くと、浴衣姿のその子は、これ以上無いくらいにその顔を真っ赤にして、コクリと小さくうなずいた。
 まー。そうなの。あらあらまあまあ。私は口に手を当てて、思わずじろじろと眺めてしまう。
 信じられない。その丸く大きな瞳と白い肌は女性の私も羨んでしまう。髪の毛さえ伸ばしてしまえば、どこからどうみたって女の子。声変わりしていないから、少し話したくらいでは全くわからなかった。
「ちょっと、その、笑わないでください」
「あら、ごめんなさい。でも、ホントによく似合っていますよ」
 からかい半分にそう言うと、男の子は何かを言い返そうと口を開いたが、うまく言葉に出来ず、ベンチから立ち上がって逃げだそうとした。
 しかし。私は絶対にこの子を逃がしてはならないと思い、瞬時にその手首をがっしりとつかんだ。そして、にこりと満面の笑みを作る。
「からかってごめんなさい。でも、キミも友達から、逃げてきたんでしょう。だったら、わざわざ動いて見つかるよりも、ここで待ってから見つかりましょうよ。お姉さん、ヒマなの。話し相手になってくれないかな」
 私が優しい口調で言うと、男の子はかなり戸惑った様子を見せたが、私が全く手首を離す様子を見せないので、しぶしぶベンチに戻った。

あのころを追い越すまで

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