テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 思えば、私はなぜ、あの人と別れてしまったのか。優しく誠実で、良い人だったと思う。無趣味であまり何にも興味をもてない私にも、根気良く付き合ってくれた。半年間の海外出張のときも、毎日SNSを通して向こうからメッセージを送ってきてくれた。そんな彼の気遣いと優しさに答えてあげようとしたのだが、一緒にいてあげるのが精一杯で、彼が何をすれば喜ぶのか、私には少しもわからなかった。
 つまらない女、だったと思う。別れてしまったのは、当然だ。私のような女に、あの人は不釣合いだったのだ。
 さらに、私の鳥取への転勤が決まったとき、親にも反対された。どうも両親の目には私がフラフラとしているように見えているらしく、早く結婚しろ、でなければ家に帰って来いと、随分と言われた。
 だが結局、私は親の言葉を無視している。今のご時勢、結婚こそが女の幸せなどという考えは古臭いと思うのだが、だからと言って仕事に身が入っているとも言い難い。真面目に通勤しているが、それだけだった。
 何も、ない。何をしているのか、わからない。それが今の私。だからお盆休みなのに実家に帰ることも出来ず、こうして知らない街の祭りに参加し、しかも知らない中学生を捕まえて引っ張り回している。
 寂しいのか、虚しいのか。あるいはそのどちらもか。そんなことを思っていると、私の口から、ふと言葉が漏れた。
「……雨が、降って欲しかったのかも」
 え、と言って、隣にいる男の子がこちらを見てくる。さっきまでは一体何と言えばいいのかわからなかったのだが、今の私の口からは、自然と言葉が溢れていた。
「雨が降るとね。人は、足を止めないといけないでしょ。でも、私が歩いてきたこれまでの道には、雨宿りしなきゃいけないほどの雨は降らなかった。いや、降っていたかもしれないけど、私はかまわずに歩いてきた。元気だったからね。雨に濡れるくらいじゃ、風邪は引かなかった。だけど今は、雨が降って欲しいと、祈っているの」
 言いながら、私は自分が歩いてきたこれまでの人生を振り返っていた。人に比べて何事も器用にこなせた私には、あまり挫折という経験が無かった。自分の得意なこと、上手く出来そうなことを中心に物事に取り組む。苦手なことは、極めようとせず、問題を乗り切れる程度のところでやめておく。好きとか嫌いとか、自分の感情は二の次。こうすることで、これまでの様々な出来事を上手くやり過ごしてきた。
 しかし。果たしてそれは、正解だったのか。逆に言えば、自分の心の奥底から湧き出てくる感情から、目を背けてきただけでは無いのだろうか。

あのころを追い越すまで

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