テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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 成功もしていなければ失敗もしていない。喜劇もなければ悲劇も無い。これが、二十九歳になった私の現状だった。
 平穏というよりも、平凡。目の前のハードルは腰よりも低いものだけを乗り越え、大人の階段も駆け足にならず周囲に合わせて一段一段昇ってきた私だが、あまりに千篇一律に過ごし続けた所為か、今の年齢になっても結婚出来ずにいる。だからというべきか、お盆休みになっても滋賀の実家に帰らず、一ヶ月前に転勤してきたこの鳥取市という街で、『しゃんしゃん祭り』という夏の風物詩に会社の友人と参加していた。が、今、その友人は此処にはいない。たまたま出くわした知人の男性と一緒に何処かに行ってしまった。彼はこのあたりに住んでいる市役所勤めの地元民らしく、私はその人と初めて顔を合わせたこともあり、気を遣って二人きりにしてあげた。よくやった、と褒めて欲しい。そもそも、私がこの祭りに来たいと言い出さなければ、友人のこのラッキーもありえ無かった。僻みこそすれ、友人の幸せに繋がれば素直に嬉しいので、私の気遣いが要らぬ親切かつ大きなお世話でないことを祈る。
 そうは言っても、ため息の一つくらいは漏れてしまうのが独身アラサー女子の悲しい習性だ。はあ、とため息を吐き、目の前を流れる人混みを眺める。歩き疲れて休憩所のベンチに一人で座り、左手で団扇を仰いでいるのだが、さすがにそれにも飽きてきた。なので、ラムネでも買って来るかしら、と思いベンチから立ち上がろうとする。
 そのとき、私の座っていたベンチの逆端に、誰かがどかりと腰を下ろした。何だ、と見てみると、そこには、浴衣姿の一人の女の子がいた。ずいぶんと短めに切ってある髪の毛とその小柄な体から、おそらく中学生くらいだと思う。上品な白色の木綿の上にちりばめられた、色鮮やかな朝顔柄の浴衣が実に綺麗だが、ベンチの背もたれに思い切り体を預け、さらにその足も大きく広げてしまっており、折角の衣装が台無しだった。一体、親はどういう躾をしているのだ、と思いつつ、このどうにも年頃の女子らしくない少女に対して、私は少し興味が沸いていた。ベンチから浮かせていた腰を下ろし、その子に声を掛けてみる。
「あの、もしもし。お嬢さん。女の子がそんな風にだらしない態度をしたらダメですよ」
 すると、ああ? と言いながら、睨みつけるようにこちらを見てきた。しかし、その衣装と顔立ちの所為で迫力も何もなく、私は黙ることなく続ける。

あのころを追い越すまで

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