テーマ:ご当地物語 / 鎌倉

あなたのいる町

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 更新の止まった『あなたのいる町』のことをダイキさんはどう思っているだろうか。そして『君に会う街』はどのような展開をしているだろうか。
 前回のストーリーの続きを考えてみる。鈴音と樹はどう動くだろう。お互いの存在を意識しつつもその他大勢のうちの一人でしかなかった関係が、自らの役割を越えて短い会話を交わしたことで変わりつつある。あれは、店員と客というだけでなく、人と人の会話だった。
だとすれば、鈴音は葛原岡神社に行ってみるにちがいない。樹はどうだろう。鈴音から葛原岡神社の感想を聞くというのが自然な流れだろうか。私ならそんな展開にする。だけど樹を描くのはダイキさんだ。
ほかの誰かの作品とリンクさせる面白さはそこなのだと思う。自分の思いもよらない展開をする。それは虚構世界でありながら現実世界の人と人の交流と似ている。自分のものではない心に寄り添い、心地よい緊張感で言の葉を紡ぎあげていく。どちらかが勝っていても劣っていても成り立たない。その加減さえ互いに息をひそめ微かな揺れを感じ取りながら重ねていく。努力でどうにかなるものではないのだろう。合わせようとしても合わない人はいるはずだ。表面上は噛み合っているように見えてもどこかギクシャクとしてしまうこともある。
その点、ダイキさんの文章には心が馴染む感じがする。惹かれるというのとはまた違う、なんていうか、吸い付くような感覚。その物語の輪郭に沿って触れていけば新しい物語を紡ぐことができた。
ダイキさんはどうなのだろう。同じように感じてくれていたらいいのに。ただダイキさんが私に合わせてくれていると考えるのが自然なのかもしれない。

 ハイキングコースでは時折り人と行き交う程度で、あとは鳥の声と葉擦れの音しかしない。チロチロと足元を走り回る光の欠片。張り出した木の根。土の香り。緑の風。
 北鎌倉駅から三十分ほども歩いた頃だろうか。手水舎の脇に出た。境内のようだ。石鳥居の向こうに参道が伸びている。本来あちらが表なのだろう。
源氏山の緑に溶け込んでいる小さな神社だ。絵馬掛所に絵馬が鈴なりになっている。鈴音なら絵馬に願掛けをしただろうか。今更そんなことを思ってみても、『あなたのいる町』の続きを書くことなどできないのに。物語は途切れた。なのになぜ私はこんなところまで来てしまったのだろう。
掛けられた絵馬にはそれぞれ男女の名前が並ぶ。自然と笑顔になる。誰もが幸せでありますように。心からそう願った。通り過ぎる私の視線を呼び止めるように引っ張る力を感じた。違和感のままに数歩戻る。その絵馬には「鈴音」の名前。

あなたのいる町

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