テーマ:一人暮らし

ピーナッツバターサンド

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 朝起きると、ソファの上で寝ていたはずのタナカさんが床にいて、たぶん寝ぼけて壁から剥がしたエルヴィスとキスするみたいにねむっていた。タナカさんの体調は少しはましになったけど、まだ全力でネタをするほどには回復していないらしく、その日はエルヴィスの動画を見たり、リーゼントやピーナッツバターサンドの作り方を教えるだけで時間が過ぎて、タナカさんが帰るときに私がこういった。
「あさっての10時、あの公園に集合ね」
「あしたで、お願いします。それまでに風邪治すから」

 9時50分に公園に着いたときにはもうタナカさんはいて、すでにネタの練習をしていた。私が声をかけるとタナカさんは「これ、作ってきたんだ」といって、つたないスタンドマイクを手に持って振った。髪も自分でセットしたみたいで、まあ、45点?
タナカさんにとりあえず早急に克服した方がいい箇所――ステップ、マイクの使い方、目配せ、そしてなにより歌唱力と英語の発音――を指示したあとは、私はベンチに座ってだらだらしたり、タナカさんが練習している傍らで女子小学生たちとバドミントンをしたりした。私も私で、けっこうバドミントンがうまくなってきたらしく、この前は勝てなかった女子小学生に僅差で勝てることができた。「でも、うちのおねえちゃんのほうがつよいもん」とひとりの女の子が負け惜しみをいって、「わはは」と私がいった。
陽が暮れると私の家で研究をしたり、タナカさんにピーナッツバターサンドを作らせたりした。「やり直し」「やり直し」「やり直し」私の部屋はとてもバターくさくなり、脂肪分の湿気でエルヴィスたちがふやけて、まるで私たちを見て笑っているみたいだった。
 そんな日々がつづいた。
やっぱりなんにしてもそうだけど、週に一日くらいは体を休める日が必要だ。タナカさんにとっても、私にとっても。そんな日は私はバドミントンをせずに家でごろごろしていたけれど、休みの日もタナカさんは私の家にくるようになった。エルヴィスの動画を見ると私はついコーチ然としてしまうので、ふつうにテレビを見たりゲームをすることもあった。休みの日だって私は日常的にリーゼントだけれど、そうではかったタナカさんがいつのまにかずっとリーゼントになっていて、気がついたら私のように、鏡や液晶に映る自分を見てリーゼント具合をチェックしていた。家でDVDを見ることはもちろんあったけれど、隣の市や県でミニシアターでエルヴィスの映画がリバイバル上映されたときにはふたりで見にいった。夏休みのセミの音はエルヴィスとタナカさんの声で消えていった。

ピーナッツバターサンド

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