テーマ:一人暮らし

ピーナッツバターサンド

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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セミの鳴き声が窓を突き破るみたいに聞こえていて、アラームが鳴ったけど、アラームが鳴る前に目が覚めていたけどセミのせいで聞こえなかったことにして二度寝しようとしたけど、暑いばかりでねむれなかった。エアコンを点けようと、ベッドに横たわったまま手をぎりぎりと伸ばしたら、リモコンを掴む拍子に体ごと床に落ちた。いてて~とエルヴィスにかわいいと思ってもらえるかなと思ってわざとらしく後頭部をかいて、エアコンのリモコンを押した。けれどなんの反応もなかった。たぶん落ちたときにリモコンが壊れたみたいだった。星条旗の色にペイントしたエアコン本体についたボタンを直接押そうと、ぴょんぴょん飛び跳ねながら押してみても、なんの反応もなかった。汗が出て、パジャマ代わりのTシャツが気持ち悪くなっていく。ベランダの窓を開けるとほんの少しだけ涼しいけど、セミがさっきよりうるさくて余計暑くなったみたいだ。でも私は大丈夫。床の上に仰向けになってイヤホンをして、エルヴィス・プレスリーを聴く。心のなかに、風が吹き抜けていく。
結局、いつものようにエルヴィスを聴くのに夢中になってしまって、〈試験教室変更になったって〉〈一応、いっておいた方がいいかなって〉というタナカさんからのLINEには試験時間が過ぎてから気づいた。また、単位を落とすことが確定してしまった。〈わざわざありがとうございます〉〈試験、間に合いました〉と私は、これでは少し他人行儀すぎるかな、もう少しフランクに書き直そうかな、でも私とタナカさんは少人数クラスの講義でたまたま同じグループになっただけな人だし合同でプレゼンするときもなんかただうるさいだけの人だったしだからやっぱりそのままでいいか、と他人行儀でこれ以上会話が発展しないようにうそのLINEを返す。タナカさんの顔を思い出そうとするけれど、どんな顔だったかうまく思い出せない。私の視界に入るのはエルヴィスだけで、実際いまだって壁一面の無数のエルヴィスが私を見つめている。おはようのキスをわすれていたことを思い出して、慌てて起き上がって、一番近くにいたまだ若い、少年みたいなエルヴィスにキスをする。すべてのエルヴィスのくちびるは私のくちびるの湿り気でぶよぶよしている。
エルヴィスを口ずさみながらシャワーを浴びて髪型をリーゼントにセットして、エルヴィスが死ぬほど好きなピーナッツバターサンドを作る。フライパンのなかに、マダムがたくさんいるスーパーで買ったバターをいさぎよくすくい入れ、バターの海ができたフライパンのなかに二枚の食パンをひとつずつ入れて揚げ焼きにしていく。そのあいだに輪切りをしたバナナを油のなかにさっとくぐらせる。それからフライパンを弱火にして食パンにバターを染み込ませ、厚切りベーコンを別のフライパンで焼いていく。ベーコンには塩コショウをまぶして、食パンには砂糖をまぶして、そこにピーナッツバターを手のひらくらいの厚さに塗っていく。お皿の上に置いた片方の食パンの上にバナナを並べ、その上にベーコンを乗せる。そしてそれらをぜんぶ隠してしまうくらい蜂蜜をどろどろ落としていき、それをもう一枚の食パンで挟み込んで、包丁でざくっと半分に切って、完成。

ピーナッツバターサンド

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