まぶたの裏のトワイライトゾーン
神妙な目をしてきいているダイオウイカの姿がかすんでゆき、かわりに、まぶたの裏には、打ち寄せてはひいていく波が浮かび上がる。弟と作った砂の城が、少しずつ波にさらわれていき、波間に溶けていくような西日に影が長くのびている。ぼくは続けた。
「夏休みが終わったら、学校で、クラスのやつらと日焼けの跡の競い合いさ。仲良しだったけど、かけっこでも、自転車でも、サッカーでも、勉強以外はなんでも競争し合ってたなぁ」
すると、まぶたにいつも遊んでいた公園がうかびあがった。らせんを巻いた滑り台とシーソーがあって、裏にはうっそうとした林が広がっている。じゃんけんの声とともに空に向かって突き出された手は、太陽の光を受けてグーチョキパーの影になった。
「学校が終わると、玄関にランドセルを放り出して、公園に集合だ。たまに弟が泣きながら追っかけてきたけど、おかまいなしさ。秘密基地を作ったり、どろけいしたり、日が暮れるまで夢中で駆け回った。冬になると、日差しもだんだん弱くなって、日も短くなってね。もっと遊んでいたいのに、どうしてこうも早くひっこんじゃうんだって、夕日を見つめながら思ったもんだ」
ぼくには、ダイオウイカがきいているのか、いないのか、もはやわからなかった。ほこりをかぶったおもちゃ箱の中から、宝物をひとつひとつ探り当て、丁寧に磨いてやるように、夢中で話をしていた。
さんさんと降り注ぐ光のなかでほほえむ、初めてつきあった懐かしい女の子のこと。まっしろに輝く夏服のブラウス。父さんとのキャッチボール。逆光で目がくらみ、ボールを見失って悔しがるぼく。台風で延期になった運動会。ぼくと弟は泣いたけれど、台風一過で翌日はからりと晴れた。母さんが、うきうきとぼくらの部屋のカーテンを勢いよくあけると、朝の光がいっぺんに部屋中にさしこみ……
その途端、ぼくのまぶたの裏もまっしろな光で満ち、まぶしさのあまりぼくは目を開けた。部屋のカーテンがあいていた。いったい、誰が、いつのまに。朝の光が部屋にあふれており、ぼくはまぶしさにくらくらした。あわててまぶたを閉じてみたけれど、ダイオウイカも、トワイライトゾーンも、もう影も形もなかった。
サンダルをつっかけ、誘われるように、部屋のドアを開けた。鍵を落っことしそうになりながら、隣の住人がすれ違いざま、「おはようございます!」とぼくの顔も見ずに横をすり抜け、ヒールの音を響かせながら階段を駆け下りてゆく。そのポニーテールにふと見覚えがある気がして、思わず手すりから見下ろすと、モップを持って長靴をはいた管理人さんが、「おはようございます」と彼女の背中に声をかけるところだった。
まぶたの裏のトワイライトゾーン