まぶたの裏のトワイライトゾーン
ダイオウイカは、しばらくだまって浮かんでいたが、
(仲間はいますか?)
突然、こんなことを尋ねた。
「仲間は……」
ぼくは考えた。大学を卒業してから、友人と会う機会はめっきり減った。就職した奴、進学した奴、もう父親になっている奴もいる。きっともう、今会ったとしてもあの頃と同じ気持ちになれることはないだろう。同僚は、何千人もいた。親しく話す奴もいくらかいた。しかし、ぼくはいつだって、こいつらより先に出世してやろう、とあくせくしていて、ライバルでこそあったが、仲間とは思えなかった。「仕事とプライベートは分けて考える」。これがぼくの流儀だったが、よく考えたら、プライベートと呼べる時間など、ぼくにあっただろうか。
答えられずにいると、ダイオウイカが言った。
(私にもいません。あなたも、さびしいですね)
すると、ダイオウイカは突然しゅっと細長く触手を束ねたかと思うと、筒から勢いよく水を吐き出し、ものすごいスピードで上昇していき、もやのようにけむる泡を残して、暗闇のなかに消えてしまった。ダイオウイカが消えてしまったあたりを眺めているうちに、ぼくの意識もだんだんと薄れていった。
目が覚めたのは、夜明け前だった。昨日はめずらしく夕方に布団に入ったからだろう。部屋の中は深海のように暗く、静かだ。ダイオウイカとの会話は、やはり夢だったのだろうか。
(あなたも、さびしいですね)
ダイオウイカの言葉がよみがえる。布団にくるまったまま、遮光カーテンのふちが徐々に明るくなっていくのを眺めながら、ぼくはもしかすると、さびしいのかもしれないな、とはじめて思った。
(さきほどは失礼しました。ちょうど獲物、見つけたもので)
まぶたの裏にダイオウイカが現れたのは、それから数日後のことだった。そわそわと触手を動かしながら、体を縮めてダイオウイカは言った。
「さきほどって言うけど、数日前だぜ」
そう言ってから、深海では時間の流れがこちらとは違うのだったと思い直し、
「また会えてうれしいよ」
と言った。それは本当だ。するとダイオウイカは、黄金色の体をいっそう輝かせたように見えた。
(ここには、私のほか、誰もいません。誰もきません)
あなたのほかには、とダイオウイカはつけ足し、
(食べるもの、ほとんどありません)
と言った。
「だろうね」
そもそも深海なんだ。生物が生きていくには厳しい場所に違いない。
「それは気の毒だね」
まぶたの裏のトワイライトゾーン