まぶたの裏のトワイライトゾーン
深海魚みたいな暮らしね、と言われたことがある。
ここは陸のトワイライトゾーンよ、とも。そう言って去ってしまった恋人が、この部屋の最後の訪問者になったわけだが、ぼくは後を追うことはせず、愛用のパソコンで「トワイライトゾーン」について調べた。
「トワイライトゾーン」。それは、光の届かない水深200m〜1000mほどの海域のこと。まだ生態が解明されていない深海魚がうじゃうじゃ暮らしているらしい。やつらは真っ暗闇のなか、発光することで相手を威嚇し、目はほとんど見えない。どの深海魚の画像も、まるでモンスターだった。口が腹のあたりまであり牙がびっしりと並んでいるものや、いらないはずの目玉がアンバランスにどでかいもの……。やれやれ、と目をこすってパソコンを閉じ、布団にごろりと横になる。もしもぼくが深海に生まれていたら、 あっという間にやられていたに違いない。だって、陸の生活でさえ、こんなに厳しいんだから。
何度かチャイムが鳴り、宅配BOXにごとりと荷物が入れられる音が聞こえる。配達のトラックの発車音を確認してから、そっと玄関のドアを開けた。その途端、アパートの廊下から足音が響いてきたのであわててドアを閉め、息を殺してそれが行き過ぎるのを待つ。鍵を取り出す音、隣室のドアが開く音、そして閉まる音。静寂。
ぼくはふたたびドアを開け、隙間からおそるおそる左右を確認すると、素早く宅配BOXに入った荷物を抱え、部屋へひっこむ。誰とも会わずにすんだ。ほっと胸を撫で下ろし、荷をほどく。米もあるし、お惣菜のパックも注文通り。レトルトカレーの箱のかどっこがへこんでいるのに気づき、気が滅入ってしまう。
ぼくはさっそく、箱から取り出したカップラーメンに湯を注ぎながら、これが果たして朝食なのか、昼食なのか、夕飯か、はたまた夜食なのか考える。遮光カーテンに閉ざされた部屋は、いつだって暗い。なにせ、「陸のトワイライトゾーン」だから。さっき廊下から見えた空が暗かったから、おそらく夜なんだろう。そういえば、さっきパソコンの画面に23:30とでていたじゃないか。そろそろネットオークションのチェックと、管理しているサイトの更新をしなきゃな、とねぐせ頭をかきながら、かための麺をすすった。
深海では、時間の感覚が狂ってしまう。ぼくの部屋でもそれは同じだ。いつもの仕事を終え、思い切りのびをしていると、隣室のドアが開く音がした。鍵をがちゃがちゃと鳴らし、階段を駆け下りる音、おはようございます、という管理人さんの声。いつのまにか、朝になっていたようだ。ぼくは凝り固まった首を左右に回し、布団を整え寝る支度をした。
まぶたの裏のトワイライトゾーン