まぶたの裏のトワイライトゾーン
心の底からそう思った。少なくとも、ぼくの部屋には配達員はやってくるし、隣室にも誰かが住んでいる。管理人さんもいる。みんな、顔を見たことはないけれど。
(ですから、いつも、お客さんが誰か来ないかしら、と待っているんですけれど……)
ダイオウイカはそこで言葉を切ってあの長いまばたきをし、
(食べてしまうんです)
と言った。
「え?」
(さきほども、アカイカがやってきて、とてもうれしかった。ですが、つい体の方が先に動いて、食べてしまって。次いつ食べ物にありつけるか、わかりませんから)
ダイオウイカははずかしそうに巨大な身を縮こませ、小声でささやいた。
(先ほどいただいたアカイカ、まだ私の中で生きています)
どきりとした。
「え?」
さっきから、ぼくはオウムのように、「え?」を繰り返している。
(私、消化、ゆっくりなんです。アカイカ、私のなかでゆっくりゆっくり溶けていくの、わかります。ごめんなさい、何度も思います。さびしいです)
ダイオウイカは、筒からぷしゅうと水と泡とを吐き出した。なんと声をかけてやればいいのかわからない。ダイオウイカは、ちょっと困ったように目玉を動かし、
(ごめんなさい)
とつぶやくと、しゅっと細長くなって、下降していってしまった。あたりは真っ暗闇だ。上にも、下にも、ぐるり見渡せど、なぁんにもない。誰もいない。たまに、ちかっ、ちかっ、と点滅する光が見えるが、姿は見えない。ぼくはまぶたの裏でひとり浮遊感に身をまかせながら、ぼくが暮らす場所はちっとも「陸のトワイライトゾーン」なんかではないんじゃないか、とぼんやりと思った。
小笠原沖でダイオウイカの触手が発見された、というニュースを知ったのは、その翌日のことだった。なんでも、マッコウクジラの体にへばりついていたのを漁船が見つけたそうだ。ニュースサイトで見た画像は、光沢を失い真っ白くなった一本のぶらり細長い触手と、マッコウクジラの脇腹についた、痛々しい吸盤のあとだった。ぼくは、あいつのことが心配になった。
(いいんです、これは、罰。私の)
ふたたび現れたダイオウイカは、途中からちぎれてしまった、痛々しい触手をひょいと見せてくれた。あぁ、やっぱりあのニュースで見た触手は、こいつのだったのか。なんでも、はじめていけるところまで高く上昇してみたところ、マッコウクジラの家族に襲われたのだと言う。
「マッコウクジラとは親しいんじゃなかったの?」
まぶたの裏のトワイライトゾーン