ダンボールマン
「エッ、なんだ?ウソッ、取れない!どうしよう」
引越しの片づけが一段落ついた浩は、ふと空になったダンボール箱の一つを見て、顔にすっぽりかぶるのに丁度良いサイズだなと、どうでもいい事を思った。思った途端、なんだか実際かぶってみたくなった。彼はダンボールを手に取り、頭からすっぽりとかぶった。顔にぴったりなサイズだ。なかなか落ち着く。このまま瞑想にふけれそうだ。一生こうして過ごそうかしら。などと彼はふざけた事を考えた。そして本当にダンボールをかぶったまま暫くじっと座っていた。
「さて、もう一息だ。残りの片づけを頑張ろう」そう思い、浩は顔にかぶさるダンボールを両手で上に抜こうとした。すると、ダンボールが顔から外れない。顔がダンボールから抜けない。ぴくりともダンボールは顔から動かない。たかがダンボールなのに何故か、破って壊す事も出来ない。どうしたもんだ?と浩は部屋の中、一人途方に暮れた。
大学を卒業し、この春に社会人一年生となる佐藤浩は、実家を出て、通勤するのに都合の良い賃貸マンションへ引越した。
幼い頃より大変に地味で目立たない彼は、争い事が嫌いだ。何でもなるべく他人に合わせる。自分を出さない。大概うんうんと頷いているだけの、本心の無い上っ面だけの付き合いになる。そうすると自然浩は、特別人に好かれるでなく嫌われるでない、居ても居なくてもどうでも良いような存在となっていった。そこにずっと居るのに、人から突然「あれっ、佐藤君いたの?」なんて問われる事もしばしばある。
それにしても情けない事になった。だいたい真っ暗で何も見えない。そう浩が思った途端、目の前に二つの穴があき光がはいった。眼前に視界がひらけた。然し、ダンボールをかぶっていては外に出るのも憚られる。それに口もとがふさがっているので、食事もできない。と、その時口のあたりがすーすーした。どうやら口もとにも穴があいたようだ。
浩は鏡を見た。目もと口もとに穴があいたダンボール箱をかぶった自分がそこに映った。ダンボールをかぶる自分を見て「なかなか似合ってるな」と、覚えず口に出た。そして「自分の顔ってどんなだったかな?」と、普段鏡で自分の顔をじっくり見ることのない彼は、自分の本当の顔を思い出せない。
どうも外の音がこもって聞こえ辛い。そう思った途端浩の耳に入る音がクリアとなった。耳の辺りにもダンボールに穴があいたみたいだ。
すると彼の長年愛用するガラケーの着信音が鳴った。パカッと二つ折りを開けた。実家の母からだった。二つ折りの携帯はダンボールをかぶったまま、なんとか使えそうだ。もしもし、、、
ダンボールマン