テーマ:お隣さん

ダンボールマン

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 休日前夜殊更うるさく隣の部屋からロックミュージックが聞こえてくる。ボーカルが、ギターが、ヒステリックに耳をつんざく。ベースの重低音が壁を伝わり、部屋の空気をうねらす。ドラムがドカドカ腹に響く。よっぽどの大音量を鳴らしていると思われる。明日隣に注意しに行こうと浩は決心した。
 休日昼前彼は301号室の呼鈴を鳴らした。反応なし。暫く待つ。もう一度鳴らす。又もや反応なし。いないのか?最後にもう一度だけ呼んでみようと、浩はボタンに指をやった。その時、
「はい」と、竹内の不機嫌そうな低い声がインターホンにした。
「こんにちは、隣の佐藤ですが」
「はい」と又、低い声がして沈黙する。何とも嫌な雰囲気だ。気の小さな浩の勇気が萎れそうになる。ダンボールの中の額に汗がにじむ。
「あ、あの、、ちょっとお話しよろしいですか?」
「はい」
 三度目のはいがインターホンから浩の耳に届いた。ちょっとして玄関が開き、寝巻姿の竹内があくびをして、気だるそうに中から顔を出した。
「なに?」と竹内は、ダンボールに空いた穴の奥で泳ぐ浩の目をじっと睨んだ。浩は思わず目をそらした。尻込みした。適当にごまかして、この場を丸く収めようかと思った。が、ぐっとここは勇気を振り絞った。いきなり、夜中に音がうるさい、と注意するのも何なので浩は、
「あのぅ、夜中に音楽聴くのにもう少しボリューム下げて聴いてくれませんか」と控えめに言った。すると竹内は、下を向きチッと舌打ちした。そして、
「それはうるさいって事かよ」と、浩を逆に責めるかの如く言う。
「はい」と浩は、正直に答えた。
 竹内はそれを耳にフワァーと大きなあくびをした。それから、
「で」と一文字話す。訳が分からず浩は、
「で、と言いますと?」と尋ねる。
「で、後何か話あるんかよ」
「いや、それだけですが」
「ふぅん、分かった」と竹内は最後に言って、バタンと玄関を勢いよく閉め中に入った。
 分かったと言った竹内は、いったい何を分かったと言うのか?浩には彼が何を分かったと言ったのか、全く分からない。勇気を出してみたものの、果たしてこれでよかったものか。隣との関係をただ悪化させてしまっただけではないのか。竹内の性格が陰険であるならば、却ってこれから嫌がらせを受ける可能性もある。矢張り何も言わずに黙っておくべきだったのだろうか。部屋に帰ってソファーに腰掛け、浩は一人考えた。そして何はともあれ僅かと言えど、思いを人に伝える事の出来た自分に満足を覚えた。

ダンボールマン

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