テーマ:お隣さん

ダンボールマン

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 二人は駅を出て、彼女が最近お気に入りになったと言うビストロへ、並んで足を向かわせた。夜の街を彼女を横に歩く彼は、なんだか夢を見ているような気分がした。彼は歩きながら、腿の辺りを指先で抓ってみた。痛かった。どうやら夢ではなさそうだ。夢でないのなら、まるで酔っているようだ。浩は夜の街を、山口さんに酔いしれ歩いた。
 店は駅からマンションへ向かう道の途中、細い路地を入った所にぽつんとあった。店内は、ほんのり優しい照明に包まれ、こじんまりとしていた。二人は向き合い、テーブル席についた。それぞれ四千円のコースと、赤ワインをボトルで一本オーダーした。彼は自分が奢ると言う。彼女はそれじゃ悪いので自分も払うと断る。彼は、いや今晩突然自分が誘ったのだし、ここは是非とも奢らせて欲しい、と至って真面目に話す。彼女は、ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて、と彼の真面目を素直に受けとった。
 浩は気楽なビストロと言えど、このような店に入ったのは初めてなので緊張した。然し却ってその緊張感が、恋する相手を前に食事する緊張を多少なりとも和らげた。が、やはり緊張する。緊張をごまかすのに、飲み慣れぬワインを浩はグイグイ喉に流した。アミューズ、前菜、スープ、と運ばれる頃既に、ワインのボトルは空になりかけた。わずかに中身が残るばかりのワインボトルを見て浩は、
「ワインもう一本頼みましょうか?」と山口さんに聞く。
「私はもうそんなに飲めないから、飲みたくなったらグラスで頼むわ。それより佐藤さん大丈夫?顔真っ赤っかよ」
「えっ!!!」と、感嘆符三つ。
「そんなに驚いてどうしたんですか?」
「さっき最後に何て言いました?」
「ん、何?佐藤さんの顔が酔って赤いって、、、」
「えっ、だって、ダンボールは?」
「えっ、何?ダンボール?ダンボールがどうしたの?」
「だから僕の顔にかぶさるダンボール箱、、、、」
 浩は自分の顔に手をやり、酔いで赤くなった頬をさすった。無い。ダンボールが無い。頬に手の感触が確かに伝わる。手で頬をじかに触れる事が出来る。まったく意味が分からない。何がどうしてこうなったのやら。何が何だかさっぱり解せない。顔にかぶったダンボールは初めから幻だったのか。それか、今突然蒸発するように消えて無くなったのか。そこらへんの所、山口さんに尋ねてみようか。いや、やめたほうが良い。だけどやっぱり聞いてみようか。いや、、、、浩は頭を混乱させた。

ダンボールマン

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