テーマ:お隣さん

ダンボールマン

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「昨日隣に越して来た山口と申します」
インターホンから若そうな女の声がする。今ではすっかりダンボールをかぶる自分が平気となった浩は躊躇いなく、
「はい今開けます」と、すぐに返事をした。
 玄関の外、自分と同い年ぐらいだろうか、線の細い色白な女性が立っていた。浩は彼女をひと目見て胸をキュンとさせた。純情な彼の胸に甘酸っぱい感情が芽生えた。今まで恋愛など経験したことのない彼の、ダンボール箱のなかの頬がポッと赤く染まった。一目惚れ?これが恋?と、大学を出て社会人となって浩は、遅蒔きながら初めて知った。
「つまらない物ですが」と彼女から、矢張りタオルだろうか、お近づきの印が手渡された。浩は緊張して、
「あっ、、、は、はいっ、、あっ、、あ、ありがとうございまっ、」スムーズに礼の言葉が口から出ない。出したくない、隠したい自分が、勝手に言葉のうえに表現される。と、気のせいか?一瞬顔のダンボールが微妙に動いた気がした。
彼女の視線が真っ直ぐ目に入った。どうももじもじしてしまう。胸が高鳴る。これ以上照れて恥ずかしい自分を、彼女に見せたくない浩は、「じゃ」と一文字半言って、ガチャンと玄関を閉め中に入った。
 部屋に入ってからも彼の胸の鼓動は治まらなかった。落ち着こうと、冷蔵庫から缶ビールを出して、一気に喉にながした。居ても立っても居られない。浩は部屋を出て当てもなく歩いた。夜空に弦月が薄っすら雲をかけ光っている。星が囁く。風がすぅーっと抜ける。
 そうだ。僕は山口さんに恋をしたのだ。これは疑いなき真実だ。隠そうにも隠しきれない。ごまかすにもごまかせない、湧いて出た自然の感情なんだ。そう浩は胸に囁いた。すると、すぅーっと心がした。ゆっくり夜空を眺めながら彼は部屋へ帰った。

 相変わらず浩の顔にはダンボール箱がかぶさったままにある。然し最近彼は、自分の思いを人に伝えよう、本当の自分を人に理解して貰おう、と少しずつだが努力するようになってきた。すると自然、嫌な思いも時には味わう。
 ここ最近301号室の竹内が夜中に大音量で激しいロックを聴いている。昼間ならまだ良いが十二時過ぎの真夜中だ。302号室に住む浩にとって、それは実際堪ったもんじゃない。以前の彼であれば、いくらうるさく迷惑であっても、決して隣人に対してうるさいとは一言も口にせず、顔を合わせればニコニコと愛想笑いを振りまいただろう。然れども今回は違った。浩は真夜中の騒音が自分の部屋に聞こえ迷惑だと、竹内に伝えようと思った。

ダンボールマン

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