隣は何をする人ぞ
「どっちにしても、暗くて見えませんよ」
「あーそうか、電気がついていないから」
懐中電灯、いりますね。スマホがあったらいいんじゃない? いやでも外に出られないし、スマホ持っていないし。あ、ごみ置き場の方から出たら内側は手動ドアだから出られますよ?
「じゃあ、オレ、二階だから懐中電灯とかスマホを持ってきますよ」
吉村が走って行ってしまうと、ぼくと兵頭はごみ置き場に通じるドアから外へ出た。
「マジ、うちのマンションだけ真っ暗ですね」
外へ回ると、スーツ姿のサラリーマンが自動ドアの前をうろうろしていた。自動ドアが開かないから困っていたのだろう。
「停電みたいですよ」
声をかけると「え? 」と振り返った。
「うちのマンションだけ」と指すと、上を仰ぎ見た。
「停電? あ、本当だ。まっくらだ。え? まいったな」
「多分、この建物の電気系統制御に何かあったんでしょうね」
「どこかで一気に電気を使ったとか」
「でも、その場合、その部屋のブレーカーが落ちるだけでしょ?」
あれ、デジャウだな、さっきこんな会話をしたよね。
「ここらへんに緊急連絡先が貼ってあったと思って見に来たんですよ」
三人で自動ドアの右上を見る。
「これじゃないですか?ほら、ここにシールが」
「ああ、でも暗くてよく見えないですね。連絡先、えーと0120、次は0ですか6ですか?」
「9じゃないんですかね」
「8?」
「とりあえず、スマホで撮って、それで、見ましょう」
サラリーマンはかばんをごそごそかき回す。
ぱしゃり、ああ、これで救われる、と三人で覗きこんだ画面には「急な水漏れ、水回りのトラブルはこちら0120……」とあった。
「あー」
「違いますね」
がっかりして「他に何かなかったですかね」ときょろきょろするもそれらしきものは見当たらない。
「掲示板のあたりに何かありませんでした?」
「掲示板?」
「ポストの、横の」
「ああー」
「どうでしたっけ」
「あったような気もしますね」
「普段あんまり注意して見ないですよね」
とりあえず、掲示板の方へ行ってみましょう、ごみ捨て場の方のドアから入れますよ、と歩き出してから気付く。
カギがない。
ぼくはカギを持たずに出てきてしまったのだ。
オートロックマンションはカギがなくても外には出ることができるが、中に入ることはできない。
背中がひやりとした。
これってやばくないか?
中に入れない。
でも、と気を取り直す。
兵頭かサラリーマンが、カギを持っているだろう。少なくとも、帰ってきたばかりのサラリーマンはカギを持っているはずだ。いくらなんでも三人そろって締め出しということはあり得ない。
隣は何をする人ぞ