テーマ:お隣さん

隣は何をする人ぞ

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 こんなことならおとなしく部屋にいればよかったと後悔しても、もう遅い。
 そもそも三階で兵頭と会わなければこんなことにならなかったのだ。
 そうだ。
 兵頭というこの男、本当に501の住人なのか?
 まずそこから考えてみよう。
 大体、五階にいたからって五階の住人とは限らない。だってぼくは兵頭が501の部屋から出てきたところを見たわけじゃない。オートロックなんて住人と一緒に入りこめば簡単に突破できる。マンションに入ってタイミングを見計らって停電を起こし、出てきた住人の隙を狙ってするりと部屋に入りこむ。でも、盗むには時間が足りない。だからきっと仲間がいるはずだ。仲間は時間を稼ぐために住人と会話する。そして、なんとか部屋から引き離す。
 ああっ。辻褄が合ってしまった。
 つまりぼくは、誘導されてここに来てしまったってことだ。
 どうしよう。
 うっわー。自分で推理しておいて慌てる。そういうことかよ。マジ勘弁。
 ならば先手をうって今、取り押さえてしまおうか。
 でも兵頭は体格からして、かなり強そうだ。サラリーマンとぼくと二人でならと二対一でなんとかなるかもしれないが、吉村が戻ってくる可能性があるし、他にも仲間がいるかもしれない。
 もし、うまくいかなかったら「顔を見られたし、死んでもらうしかない」なんてことになりかねない。
 ぼくはぶるると身震いをした。だめだ。無理だ。仕方がない、金はあきらめよう。うん、命の方が大事だ。
 悔しいが、ぼくは泥棒の思惑通りにだまされることにした。
「あーでも、暗いなあ。掲示板、どこだ?」
「待ってください。照らします」
 サラリーマンがスマホをかざす。
「ここに、何かそれらしいことが書いてありますよ」
「写真、写真、写真に撮れ」
「了解です」
 ああ、素直なサラリーマンの手からスマホをひったくって警察に電話したい。いや、だめだだめだ、おとなしくだまされることに決めたんだから。
「すみませーん、おそくなって。部屋が真っ暗だと、どこに何があるかわからなくて時間がかかっちゃいましたー」
 間延びした声と共に吉村が現れた。
「でも、まっくらなマンションの中をひとりで歩くのって怖いですね。オレ、警備員の仕事とか無理って思いました」
 あれ? そうなの? かなりの臆病者? じゃあ、泥棒とか無理だよね? だとすると吉村は本当にここの住人なのかもしれない。いや、待て待て。演技かもしれないぞ。もうすでに体のどこかに財布やキャッシュカードや何やかやを隠し持っているんじゃないのか。盗んだ紙幣やカードがその尻ポケットに入っていたりして。

隣は何をする人ぞ

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