隣は何をする人ぞ
「停電ですかね」
「みたいですね」
社交辞令的当たり前の会話を交わし、お互い歩み寄りどうもどうもとぺこぺこしつつ「506の長谷川です」「501の兵頭です」と名乗り合う。近寄って兵頭という男が坊主頭で肩幅の広いがっちりした筋肉質な体をしていることに驚く。同じTシャツと短パン姿なのにこの違いは何だ。普通に道で出会ったら絶対に目を合わさないようにするであろう苦手なタイプ、職業は何だ? まさかプロレスラー? ガテン系? と思いながら「参りましたね」と気弱な微笑みを浮かべてみせた。
「電気を使い過ぎたら、ブレーカーが落ちることはありますけどね」
「でも、その場合はその部屋だけでしょう?マンションまるごと一個停電だなんて」
「電気系統のトラブルでしょうか」
「どうしましょう」
「このまま待っていてもしょうがないですよね」
「あ」
兵頭がぱしんと手を打った。
「一階の、入り口の横に管理会社の緊急連絡先何か、貼ってありませんでした?」
「はいはいはい」
思わず声が大きくなる。
「自動ドアの、右上に何か連絡先が書いてあるシールが貼ってありましたね」
「見に行きます?」
「行きましょう」
二人並んでエレベーターの前に立ち「ん?」と顔を見合わせた。
「停電!」
エレベーターが来るわけないですよね、階段でおりましょう、笑いながら一階へとおりて行く。連絡すべきところの電話番号がわかれば問題は解決したも同然、安泰じゃないか。ほっとして足取り軽く階段をおりて行く途中で、声をかけられた。
「停電ですよね?」
二階の廊下から男が寄ってきてぼくたちに合流する。
「どうも、203の吉村です」
人数が増えて、さらに心強くなった。長谷川です兵頭です、困りましたね風呂入ってたんですよご飯食べようとしてたんですよオレなんてDVD見ててすごくいいところだったのにぷつ、って、とわいわい言いながら一階までおりてきた頃には「真夜中のピクニック」的な高揚感で幾分はしゃいでいたかもしれない。「今、同じ困った境遇にいる、運命共同体」と思えば初対面なのに妙に口が軽くなる。
ほんと、困りましたよねー、言いながら三人とも余裕の笑顔、そして自動ドアの前で立ち止まる。
「開かない」
「ですよねー」
「そりゃそうだ」
三人で手を打って笑う。よく考えたら笑っている場合ではないのだが、その時は妙におかしかった。すっかり気が緩んでいたのだろう。
「シールが貼ってあったの、たしか外側ですよね」
隣は何をする人ぞ