テーマ:一人暮らし

五時のチャイムの終わりと共に現れた女の子、のこと。

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 あれはこのアパートに引っ越したばかりの頃のこと。ちょうどよく似た景色が窓から見えた。
「5時のチャイムは、どこから聴こえてくるんだろうか」
 部屋は西日で真っ赤に染まっていた。ぴかぴかのフローリング、買ったばかりのローテーブル、荷解きされていないダンボールも結局は同じ世界に存在しているんだ、ということが呆れるくらいにわかるほど。もちろん僕も、彼女も。真っ赤だ。
「俺の地元でも聴こえてた。同じように。ここは実家からずいぶん離れているのに、それでも同じように聴こえるんだなぁ。いや、そもそもだ。なんで5時なんだ? いったいどうして5時に鳴るんだ? なんの陰謀だ?」
 この世の真理に近づこうとしている僕に彼女が言った。
「いいから早く荷解きして!」
 

 あれから何度、5時のチャイムをこの部屋で聴いただろう。僕はその度に、「どうして?」と考えた。そんな疑問、今時ネットが解決してくれるけど、僕は調べることはしなかった。
「宇宙人の仕業ね、きっと」
 これは母の説。
「どういうこと?」
 僕がまだ6歳のときのことだ。
「洗脳しようとしているんじゃないかしら。そう、きっとそうよ。本当はね、今は夕方でもなく、ここは地球でもないの。一日一回、あの音を聞かせることで、私たちにここは地球だと信じ込ませる。そして…」
 母は真剣だった。
「こわい」
 僕が泣き出しそうになると、「わかった。それなら、これはやめにしましょう」と僕の頭を撫で、自らの説を取り消した。「じゃあ、誰かがなにかを伝えたいのかもしれない。空の向こうから、私はここにいるよ〜って」
「それも宇宙人?」
「きっと、もっとすごいものよ」
 そう言って母は夕焼けを見上げた。やはりその顔は真剣そのものだった。
 母は変わっていた。彼女が「私ね、宇宙人だったのよ」とカミングアウトしたとしても、僕の家族は驚きもしないだろう。


 二日の間、恋人からの連絡はなかった。代わりに姉から、二度の電話があった。無視をしていると、三度目が鳴った。四度目はすぐに切れて、その十五分後に、今度は長文のメールが送られてきた。それは「ふざけんな!」から始まって、「死んでしまえ!」で終わる、ギャングもびっくりのメールだった。


 ふざけんな! てめー! 電話にでないってどういうことよ!
 もしもしさせろ、ばかやろう! 
 私が電話口からアンタのとこまで手を伸ばせるならね、あんたのこともぐら叩きみたいに徹底的に叩いてやるんだから! 

五時のチャイムの終わりと共に現れた女の子、のこと。

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