文鳥
父さんは、最近よくメールをしてる。隣の席から覗くと、だいたい、相手は女の人で、おれは見なかったことにしたい。でも、なぜか、おれは父さんには反抗的にはなっていない。おれ自身というよりは、母さんと敵対しているおれが、父さんは味方につけておいた方がいいとでも思っているのだろうか。男ふたりで固まって、なんというか、内輪的なもの。母さんでもだれでもいいけど、まるでだれかを仲間外れすることで、おれは安心しようとでもしているみたいだ。
「ねぇ父さん、文鳥をもらったんだ」
「へぇ、だれに」
食卓に母さんがいないみたいに話す、自分が嫌になる。
「ゲンさん」
「あぁ、ゲンくんか。元気でやってるの? 最近見てないけど」
カレーを食べ終わって、おれは父さんと並んでソファに腰かけた。テレビではクイズ番組がやっていて、大人に気に入られようとする幼稚園児みたいに、おれは「ダーダネルス海峡」と答えをいう。うしろから聞こえてくる、母さんが食器を洗う音に追い立てられないように、大き目の声で。おれが、おれたちが、母さんに食器洗いをやらせている、なんて思わないように。たまに、手伝おうか、なんて母さんにいいたくなる。でも、そういう習慣はうちにはなくて、だから、手伝わない。自分の新しい側面みたいなもの、隠していたみたいなものを、親に知られるのが嫌だ。
リビングに三人で集まるのが気まずいと思って、おれの部屋に、父さんとふたりで文鳥を見にいった。文鳥はカゴのなかでじっと丸い体のままでいて、鳥というよりもハムスターみたいだ、と父さんにいうと、お菓子みたいだといわれた。なんだよそれ、と打ち解けているみたいにいう。文鳥の名前がなんだったのか、ゲンさんに聞いたはずなのに、思い出せない。
「はい、お弁当。いってらっしゃい」
「あぁ」
仕事にいく父さんに、母さんが声をかけたのが聞こえる。おれは母さんから隠れるように洗面所にいて、自分の顔を見ている。耳をそばだてて、母さんがトイレにいったのを確認すると、その隙に、食卓の上にある弁当を持って、なにもいわずに家を出た。
学校にいるのはバカみたいなやつと、自分はバカじゃないと思ってるバカなやつばかりだ。小中高一貫で、共用の大きなエントランスには、小学生たちの絵が貼り付けられている。利き手じゃない手で目隠ししながら描いたような絵ばかりだけど、それが、母親の絵だということはわかる。母の日のために描かされた絵の一枚が、剥がれて、グラフのように床を泳ぎ、おれの足元で止まり、おれを見ている。
文鳥