テーマ:お隣さん

文鳥

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 いくつものカバン越しに漂ってくるお弁当のにおいに鼻水を出しながら、授業を無視して受験のための参考書を睨んでいるうちに学校が終わった。
 帰り道に、前を歩いている背中に声をかけた。
「ソウ!」
「あ、ゲンさん。おっす」
「っす。鳥、どう?」
「まぁまぁだね」
「そっかー」
「最近、どう?」
「つらいわ(笑)」
「だよねー」
「早くおじいちゃんになりたい」
「歳取ったら、おだやかになれるもんかなあ」
「なれるんじゃない? いまよりは、ましでしょ。ほら、自意識が、十七歳の」
「出た。自意識(笑)」
「人間だもの」
「てか、あの鳥の名前、まだ聞いてなかったけど、なに?」
「名前? ないけど」
「まじ?」
「うん、ずっと、鳥、とか、文鳥、とか呼んでた」
「それおかしくない?」
「ええー、そうかなー」
「そうだよ。絶対」
「じゃあ、勝手につけなよ。てかもう、ソウの鳥だし。じゃあな」
「じゃあ」
 家に帰ると、母さんが掃除をしていた。
「この前したばっかじゃん」
「ああ、今日ね、人がくるから」
「へー、なんで?」
「んー、大人の事情ってやつ?」
 ちょうど、母さんが掃除を終えたとき、ドアが開いた。父さんが帰ってきたとばかり思って、出迎えもせずに冷蔵庫を漁っていると、うちのリビングに山下さんが入ってきてぞっとした。そのすぐあと、父さんが帰ってきた。

 *

「文鳥は?」
「あげた」
「あげたって、おまえ」
「ソウくんに」
「よかったの? それで」
「うん」
 息子が部屋に上がったあと、キッチンでおかわりをよそっていた私に夫が話しかけてきた。
「あげたんだって。文鳥」
「え、そうなんだ」ふたりの会話は聞こえていたけれど、そういった。
「隣の、ソウくんに」
「そっかー」
「いじめられてたり、しないかな。ほら、最近あの子、ヨシ子さんにつらくあたってるって、この前タカシくんが」
「ただの反抗期でしょ。ゲンはどんな顔してた?」
「うーん。ふつう?」
「じゃあ、大丈夫でしょ。なにかあんのよ、私らにはもうわからない、あの年頃の友だち同士の、なにかが」メールに返信しながら答えた。
「でもなあ」
「そういえば、あの鳥の名前って、なんだっけ」
「あ、なんだろう。なんだっけ」
「ゲンが名前呼んでるとこ、聞いたことないよな」
「そうだよね」
「聞いてこよう」
「やめとけば? もういないんだし」
 幸いにも夫が務めている会社はホワイトで、定時に退社した夫がご飯を作ってくれている。それは申し訳ないなあと思いつつ、私はまずい飯しか作ることができない。料理教室に通いはじめて、そこで山下さんと仲良くなった。山下さんは土日しかこないから、料理教室以外のところでけっこうよく会っている。あ、この答えダーダネルス海峡だ、と思いながらも、メールを打つのに忙しかった。

文鳥

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