テーマ:ご当地物語 / 鎌倉

こじらせ男子、鎌倉で恋をする。

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夜の街で俺は途方に暮れていた。
わずかな荷物と共に放り出された俺は、夜遅くになっても家に入れてもらえる気配すらなかった。

「まぁ、お前も最近大学にも行かないで、めっきり家に籠りっきりだっただろう。やり方は荒いが、母さんなりに心配していたんだよ。そのうち機嫌も直るさ。」


はぁ、と大きなため息がでる。
母にこのやろう、と踏みつぶされたパソコンを思い出す。絶対壊れた、最悪だ。

「まぁ、家に籠りっきりだと体にもよくないぞ。今日はどこかに泊まって、明日は気分転換にどこかに行ったらどうだ。」

俺の落胆ぶりに構わず、父は呑気に話し続ける。

「はぁ、まじかよ・・・。」

俺はまた、ため息をついた。
だが、そんな俺の気持ちを察してか、父は少し黙ったあと、おもむろに話し出した。

「・・たかし。何があったかは知らないが、人は前を向こうと思えば、いつでも道はあるもんだぞ。」

「・・・え?」

何かを見透かしているような父の声が、耳に響く。

「ゆっくりしてきなさい。お土産でも買ってきてな。おやすみ、たかし。」

「あ、ちょっと・・。」

そう言い残し、俺の返事を待たずに父は電話を切ってしまった。

「・・・・。」

立ち尽くす俺の周りで、都会の生ぬるい向かい風が静かに吹いていた。







***


朝。雲一つない快晴だった。
俺は漫喫で一夜を過ごし、とりあえずは父に言われた通りに電車でどこかに向かおうと、最寄り駅へと足を運ぶ。

根っからのインドアな俺は、実はこの年まで一人旅というものをしたことがなかった。
家に籠りっきりだったここ数か月のせいで、外の空気がやけに新鮮に感じる。

駅の改札前に着くと、流れゆく人の合間で切符売り場の横のポスターに目が止まった。

「鎌倉観光・・・?」

かの有名な大仏をはじめ、そのポスターには、古めかしい建物の外観が綺麗な写真に収まっている。

(・・そういえば、昔家族で行ったな、鎌倉・・。)

まだ俺が小学生だった時の話だ。
あの時の俺は、自分で言うのも変だが、成績もスポーツも優秀で、先生からもクラスメイトからも一目置かれていた。

あの頃の俺は、特別だった。現実の世界でも。
今の俺とは全く逆だ・・・。

そんな事を考えながらも俺は、とりあえず行き先を鎌倉に決める。

俺の住む都内の最寄り駅から鎌倉まで、乗り継ぎを含めて約一時間。
そこまで遠い場所ではないが、金銭的にも手頃だし、とりあえずはよしとしよう。

JR京浜東北線で横浜駅まで向かい、その後にJR横須賀線に乗り換えて鎌倉駅まで向かう。今日は平日で、人の流れもまばらである。乗り換えも割りとスムーズに出来た。



こじらせ男子、鎌倉で恋をする。

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