テーマ:ご当地物語 / 鎌倉

こじらせ男子、鎌倉で恋をする。

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(・・俺は、特別だ。)

そうだ、俺は選ばれし戦士なのだ。

カチカチカチ。

オンラインゲームの中で、俺が作り上げたイケメンのアバターが、マウスの動きに合わせて優雅に舞う。

ここは俺の部屋。
そしてパソコン越しにはもうひとりの自分が、自らの操作通りに鮮やかに動いている。

これが俺の、いつもの日常。

だがその時、突然、大きな音を聞いた。



「たかしいい!」

母の怒鳴り声が、部屋の外から響く。

(・・来た。またかよ。)

現実という名の、刺客。
しかしこんなことは日常茶飯事。動じることはない。
今回もしばらく騒いだあと、諦めて俺の部屋から遠ざかるだろう。しばしの辛抱だ。

だが、予想に反して、ガチャガチャ、としばらくドアノブを乱暴にいじる音が聞こえたあと、しん、と急に何も音がしなくなった。



(・・・あれ、妙だな・・。)

いつもなら、ひっきりなしに母の金切り声が聞こえてくるはずだが、今日はやけに静かだ。
最初の怒鳴り声の後から、何も声が聞こえない。

だが、そんな俺の呑気は、次の瞬間、一気に吹き飛んだ。


・・ガチャガチャ。ドカッ!!

ドアが凄まじい勢いで開かれる。

「な、なにいいいい!?」

「たかし!今日という今日は勘弁ならないわよ!あんた大学はどうしたの。これじゃあ引きこもりと変わらないじゃないの!」

なんと、母は力ずくで、俺の部屋を強引にこじ開けてしまったのである。

どすどすと母が中に入ってくる。中途半端なパンチパーマが、今宵はまあ、ヤクザ並の貫禄を醸し出している。

「1日中、こんなくだらないゲームなんかして!!こんなもの!こんなもの!」

母は俺の部屋に上がり込むと、いきなりパソコンのコンセントをぶちっと引き抜いてしまった。画面が瞬時に黒くなる。

 「うわああ!俺の分身がああ!!」

そしてそのまま、母は俺の命というべきパソコン本体に全体重をかけ、惨たらしく潰しにかかる。

「やめろお!やめてくれえ!」

俺は、無我夢中で母にしがみついて泣きついていた。

「出ていけ。」

「・・・え?」

「出ていけ!!このバカ息子!」

うわああ、と叫ぶ間もなく、俺は母の凄まじい力に引きずられ、小さなリュックと共に家から放り出されてしまった。

「ちょっと待って!!開けて!!嘘だろおお!!」


俺の叫びが、虚しく夜の闇に吸い込まれていく。




***


「わはは。そうかそうか。まあ、母さんらしいなぁ。」

電話越しに、父ののんびりとした笑い声が聞こえる。

「笑い事じゃないよ。父さん!なんとかしてくれよ。母さんのやつ、ほんとに鍵かけちまって、俺家に入れないんだよぉ。」


こじらせ男子、鎌倉で恋をする。

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