どこの町でも見かけそうな、古びた木造家屋。普通ならあっという間に解体されてしまうであろうこの建物を、2年半がかりでほぼ自力でリノベーションして住んでいる人がいる。宮城県白石市で、家具職人として活動しながら、実家の不動産会社を手伝うワタナベケイタさんだ。「2008年にこの物件を詰め所として借りていた企業から『天井近くの土壁が一部崩れた』という連絡が入ったんです。現場を訪れ、天井裏をのぞいてみると、太い梁が見えて感動しました。後日、住宅診断士に見てもらうと、耐震補強工事が必要という診断結果。取り壊しを視野に入れ、父と話し合いましたが、僕はもともとものづくりが好きでしたし、古い家がどんどん壊されて、見慣れた町の風景が変わっていくのが悲しかった。だから、自分の手でリノベーションして、今あるものを生かしていく一つのモデルケースになれたら、と思ったんです」
一般企業に勤めた後、家具職人になりたいと木工を学び、仙台市の建具メーカーに3年間勤めた経験を持つワタナベさんだが、住宅の設計や施工に関してはまったくの素人。傷み放題のこの家を前に、何から手を施したらよいのか、まるで分からなかったという。「もちろん完全に一人ではできないので、大工さんに相談し、要所要所で手伝ってもらいました。あれこれ教えてもらったり、道具も貸してもらったりしたけれど、まず用語も道具の使い方も分からない。手取り足取り教えてもらうわけにもいかず、ネットや本で調べながら作業していったので、恐ろしく時間が掛かりました」もともと隣接していた2住戸の間の壁を打ち壊し、天井を取り払ってからは、平日の夜と土日を使って床や壁を貼る作業を継続。当時婚約者だった奥さまも週末ごとに足を運び、膨大な量の木材のペンキ塗りを引き受けた。
当初は2011年5月に予定していた結婚式の直前から住み始めるはずだったが、3月に東日本大震災が発生。結婚式も完成も4カ月遅れたが、耐震補強を施していたことで、家が崩れることはなかった。震災を経験し、改めて、家とは人を守ってくれる存在なのだと実感したというワタナベさん。今後は、自らの経験を生かし、セルフリノベーションをしたい人へのアドバイスも行っていきたいと意欲的だ。