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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 その家の庭はいつも気配りされた状態で保たれていた。陽一はその細やかさに感心しながら母屋に続く小道からそれて、山小屋風の別宅の前で立ち止まり呼び鈴を鳴らした。軒からは、「アロマテラピー・ハナミズキ」と書いた看板がぶら下がっている。
 陽一を出迎えたのは田坂京子だった。四十代にして出戻りの彼女は、店主であり施術師であった。薄いブルーのブラウスに白のタイトスカート姿の彼女は、柔和な微笑みを浮かべていた。一本立ちのカツラの木のように、すらっとした女性だった。
 ここは自宅からもほど近く、気配りされた庭に惹かれたこともあり、疲れが溜まる頃にときどき利用していた。京子の捉えどころのない佇まいに惹かれていることもあった。
 エアコンが程良く効いた部屋で、アロマの香りに包まれながらマッサージを受けているうちに、陽一はウトウトとまどろんでいた。
 「奥様はいつお戻りです?」唐突に京子が職業的な声色で話しかけてきた。
 「あゝ、来月に一度戻ってきます」
 「一度って、また向こうに行かれるんですか?」
 「ええ、まあ」
 しばらくマッサージを続けた後、京子はまた話し出した。
 「変わった奥様ですね。旦那様を残して一人でベトナムに行かれるなんて」
 面白いことを言うな、と陽一は思った。自分の失敗した結婚生活とダブらせているのか、とも考えたが、口には出さなかった。
 「それでずっと行かれたままなんですか?」
 「いや、とりあえずは一年の契約なんですよ」
 京子は上半身裸でうつ伏せになった陽一の頭部側に立ち、陽一の肩から腰にかけて、オイルをすり込むようにマッサージを施している。
 
 「延長のオファーをされているらしいんですよ」余分なことを言ってしまったかな、と陽一は後悔した。
 「受けられるんですか?」
 「そうなるんじゃないですか」
 「ふーん。他人事みたいに言うんですね」
 しばらく無言でマッサージが続いた。
 「寂しくないですか?」それはよく耳にするフレーズだった。
 「そりゃ寂しいですよ」いつもそう答えることにしている。
 「奥様にしたらどうしてもやりたいことだったんでしょうね。こんなこと聞いていいのか分からないんですが」と京子は前置きをしてから続けた。「刈谷さんが奥様の肩を押してあげたんですか?」
 思いもかけぬ問いかけだったので、陽一は不意を突かれてしまった。まどろんだ頭のままで答えられる質問ではない気がした。
 「もしかしたら一見そうなのかもしれない」

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