テーマ:お隣さん

隣人田中さん

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わからない。
「馬鹿にした相手でも?」
「人は、ほら、言葉通りの時と、そうじゃない時もあるし。」
思わず、腕を組み考え込んでしまう。
「田中さん、変わっているけど、面白い子ね。」
「…うーん。」
確かに、色々刺激的だ。
「まぁね、私、成人してから糸電話すると思わなかったし…。」
「類は友を呼ぶっていうし。」
「あそこまで私、オリジナリティ無いわ。」
ふと珈琲ミルに、目を向ける。あの日飲まなかったら、自分でこれを挽こうとは、思わなかっただろう。あの夕食会の後、食費切り詰めてまで購入した。
「本当に美味しいね。菜奈ちゃんから、こんな美味しいもの作ってもらえると思わなかったよ。」
母が、ニッコリ笑った。ドリップしている時から、何だか嬉しそうだった。

「…って、明日かよ!」
驚きからさめたら、現実味が湧いてきた。
「情緒って もんが、無いわ!」
隣の壁に向かい、叫んだ。何だか、猛烈に寂しい。母は、全く動じない。
「泣かない、泣かない。」
「泣いてない。」
本当はちょっと、涙出そうにはなっている。
「菜奈ちゃん、田中さん一人で、色々社会勉強になっているね。」
「3年間…何の社会科見学ですかね?」
冗談も真に受ける程、弱っている。
「…こうして田中さんは、菜奈ちゃんの歴史にそのページを刻んだのでした…。」
母は、更に追い討ちをかける。
「終わって無い!まだ!」
でも確かに、明日でお隣同士は終る。私は、溜息をついた。

母を駅迄歩いて送った。私は、夏休みとお正月だけ帰省し、母は年に1回、家に1泊だけして帰っていく。
「菜奈ちゃん、元気でね!」
いつも必ず改札口前で、ぎゅ~と、ハグされる。
「…うい。」
年に3回だから、我慢する事にした。もう、慣れた。

帰り道の踏切で、夕暮れの中走ってゆく電車を眺めた。連続して流れる四角い窓が、フィルムのコマ送りみたいに見えた。
「歴史言われましても…。」
うっかり独り言を言い、ハッと見回したが誰も居らずホッとした。
人でも物でも何でも、自分が関わっていたり、関わられた方も、出来事が過去になってどんどん「歴史」になってゆくのだろうか。
田中さんの部屋は、田中さんの好きな物、大切な物が並び置いてあった。私の部屋は、大抵、間に合わせの物が多い。同じ時間を過ごすなら、目に映るものは、選んだ方がいいのかな。

アパートに着いた。2階ベランダにいる田中さんが見えた。私に気が付き、満面の笑みで手を振った。私も振り返す。
何だか、幸せそう。寂しいけど、良かった。

隣人田中さん

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