テーマ:お隣さん

隣人田中さん

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ピンポーン。
ドアフォンが、鳴った。ドアの穴から覗くと中年の男性が立っている。
「すみません~、N○Kの者です~。」
受信料の案内に来たのだろう。ドアを開けた。
「あ、こんにちは。最近、こちらに引っ越されてきましたよね?」
「はい。あの~、まだTV買ってなくて。だから、観てないです。」
「えっ、…あ~…そうですか…。」
嘘だと思われているかもしれない。
「すみませんが携帯は、スマートフォンですか?」
「ワンセグ、付いてないです。」
おじさんは、小さくため息をついた。しかし、本当に無いのだから、仕方がない。
「では、TV購入された際にはご連絡ください。」
「わかりまし…あっ。」
おじさんの後ろを通った女の子に、見覚えがあった。おじさんも、振り向く。
「…あっ…れ。」
細目のその女の子も、私を見て立ち止まった。
「あ、では、こちらお目通し下さい。では、失礼致します。」
一礼されて、私も御辞儀した。おじさんは、そそくさと立ち去った。

「…えっと、ゼミ一緒ですよね。」
話すのは、今日が初めてだ。つい、驚いて声かけるかたちになってしまったが、何を話したらいいかわからない。
「あー、はい。ですね。」
細目の女の子、田中さんは独特の雰囲気で、何となく周囲から一目おかれていた。悪い人では無さそうだが、堂々としていて愛想笑い等は全くしない人だ。
「…あ、同じアパートだったんですね。」
同じ大学の人と同じ建物なのは、もしかしたら嫌かもしれない。プライベートを凄く大事にしている人だったら、どうしよう。
「うん。うち、隣です。」
田中さんは隣の部屋を、指差した。
「ええっっ!!」
思わず大きな声が出た。
「三角さん、リアクションでかい…。」
「えっ、あっ、うっ、ごめんなさい!」
私は緊張すると、身振りが大きくなる。
目が合うと、田中さんが吹き出した。お互いどちらともなく、笑いあった。田中さんは笑うと、凄く優しい顔だった。
「お隣同志だったんだね。」
「うん。」
同じ建物で嫌がられず、ホッとした。
「ここ、ちょっと古いけど、天井高いのが好きなんだ。」
「あ、私も。割りと決め手だったよ。安いし。」
何だかちょっと、平和な空気が流れている。高校生の時の、放課後を思い出した。無意味で喜楽な会話って、やっぱり楽しい。 最近、なかったなぁ。
近々ご飯に行く約束をして、バイバイした。距離感がまだ分からず、何となく連絡先は聞かなかった。ご飯行く、は時に社交辞令だ。高校の時からバイトマシーンの私、慣用麗句はよく聞いてきた。変なの、と思っていたが、潤滑油的な役割だと最近理解し始めた。田中さんとも仲良く、でも、お隣同志でも馴れ馴れしくはしないでおこう…。

隣人田中さん

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