テーマ:お隣さん

隣人田中さん

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ふと視線感じて前を見ると、隣から仕切り板越しにベランダ柵から田中さんが、私を覗き見ていた。
「それ、紙…?」
「違う。」
即答した。ベランダで紙食べる女って、どんなだ。確かに、薄い古紙に見えない事もないかもしれない。
「一応、食べものです。」
最期の一口を、丸めて口に突っ込んだ。
「へー。そうそう、私さっき、トイレにスマホ落としちゃってさ。」
「え!どうするの?」
立ちあがり、柵に近づいた。
「壊れた。今お金無くて暫くスマホ買えないから、三角さん、これ…。」
隣から紙コップに糸がついたものを、手渡された。
「糸…電話…。」
小学校での理科の授業以来だ。
「うん。今日はとりあえず、ご飯出来たらこれで呼ぶね。」
呆然とする私にバイバイして、田中さんは自分の部屋に戻った。
普通にドアフォンを、押して呼んでくれればいいのではないかと思う。田中さん、結構やばい人なのかもしれない。
とりあえず、部屋まで引っ張りこんでみた。ヒモが窓のガラス戸に挟まれるけど、大丈夫だろうか?
「田中さん、聞こえる?」
テストしてみた。
「うん。聞こえる。今、準備中。一応18時に来て貰う予定だよ。大丈夫?」
くぐもった声が聞こえる。時計を見ると、今まだ15時だ。何を作っているのだろう?
「大丈夫。」
「わかった。じゃ、また後でね。」

食事は何と、前菜、メイン、デザート…とフルコースだった。最近食べに行った創作料理のお店の味を再現したくて、日々試行錯誤したらしい。何故、糸電話だったかというと、料理中にキッチンからあまり離れたくなかったそうだ。
火加減による歯応えの重要性を、力説された。考えた事もなかったので、相槌打つのが精一杯だった。

室内は、アンティークのものが、多かった。長く使われてきたであろう家具達は、それでも磨かれてよく手入れされ、独特の風体があった。田中さんと、何だか凄くマッチしていた。
食後珈琲を飲むのに、手挽きのミルが出てきた。初めてなので、挽かせてもらう事にした。
取手を持ち、ゴリゴリ回す。
「わあ、いい香り~。」
豆を挽く手応えも、ちょっと楽しい。
「ふふ。」
田中さんが微笑む。
「凄いね、色々こだわりあって。料理も上手だし。」
「ん~、親が結構、食事にうるさかったからね。バランスとか。」
母とのご飯を思い出す。
「家は…ご飯、何か、動く為のガソリンみたいな感じだったよ。ほぼ丼かっこみ系。」
田中さんが、吹き出した。母子家庭な事を伝えると、
「それは、お母さんが単に時間なかったからじゃない?」

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