テーマ:お隣さん

みどりの手紙

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だって、誰も教えてはくれなかった。私が女性として魅力があることも、女性として守られる存在でいていいことも。
翠さんが初めてだった。
だから、信じたかったのかもしれない。
翠さんがストーカーのような真似なんて、するはずがないと。



「翠さん、またコンドームに穴があいてました」
翠さんはベッドにいる私をゆっくりと振り返り、細い目を更に細めた。それから持っていたミネラルウォーターのペットボトルに口をつけた。自分が責められているなんて微塵も思っていないような、優雅な動きだった。
翠さんが何に対しても自分なりのこだわりを持っていることを、付き合い始めてから顕著に感じる。今飲んでいるミネラルウォーターも、フランスかどこかの決まったメーカーのもので、ミネラルウォーターはそれしか飲まない。セックスが終わると、煙草を吸う代わりに翠さんはそのミネラルウォーターを口にする。禁煙しているらしい。だから、私の家にも翠さん用にそのメーカーのものがストックされている。でも私は一度も飲んだことがない。
「そうですか、」
翠さんの寝室には大きな窓がある。そこから入ってくる朝日が、翠さんの色白で均整のとれた上半身を照らしていた。眩しいと思ったが、それは言えなかった。翠さんはその大きな窓から陽の光を浴びるのを好んでいる。
「でも鈴子さん確か、ピル飲んでましたよね」
何で、知っているのだろう。私はゾッと腕が粟立った。
翠さんという男性に疑念を抱き始めたのは、そういう細かな私しか知るはずのない情報を翠さんが平気な顔で口にするようになってからだ。
付き合ってしばらく経った頃、セックスのあとコンドームに穴があいていたことに初めて気が付いて翠さんを問い詰めたとき、翠さんは表情一つ変えずに「でも鈴子さん確か、今は安全日でしたよね」と言い放った。何故か翠さんに私の月経の周期を把握されていて、背筋が凍ったのを覚えている。
何のためにそんなことをしているのか、コンドームに穴があいているということはそれから何度もあった。最初は破れてしまったのだろうと思っていたが、よく見てみればそれは人為的にあけられたとしか思えないような綺麗な穴だった。
それからだ、私がピルを常飲するようになったのは。翠さんには気付かれないように、ピルケースもゴミも隠していたはずだった。それなのに。
初めて翠さんを心から怖いと思った。
そして、やはりあの手紙の一件は翠さんが冗談めかして言っていた通り彼の自作自演だったのではないかと思えてならなかった。実際に、翠さんと付き合うようになってから、手紙はぴたりと来なくなっていた。

みどりの手紙

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