テーマ:お隣さん

みどりの手紙

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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私と会うときは必ず緑色のネクタイをスーツに合わせてくるほど緑が好きな翠さんが(自分の名前になぞらえたゲン担ぎのようなラッキーカラーなのだと言っていた)、緑色のレターセットを何種類も買い込んでいる姿なんて想像できなくて、私も思わず笑えてきてしまった。
「翠さんて、そんな冗談も言うんですね」
「僕も冗談くらいは言いますよ。冗談じゃないかもしれませんが」
「ふふ、冗談じゃなくてもいいですよ。でも、私を魅力的だと言ってくれたことが冗談だと悲しいですが」
「それは本当なので安心してください」
私たちは入れ直したワイングラスで自然ともう一度、乾杯をしていた。
「二人の交際スタートを祝して」

翠さんは、ライターの仕事として取材に訪れた大型書店の人だった。
書店の人といっても、書店員ではない。本社の広報部の人で、初対面のときは清潔そうなグレーのスーツにモスグリーンのネクタイを締めていた。
決して派手で華やかではないが、整った顔をしていると思った。けれどそれ以上に、何を考えているのか読めない人だと思った。
自分には何が必要で何が必要でないのかをきちんと見極めていて、必要なものを必要なだけ身に付けている、そんな丁度よさからくる余裕を感じた。
「今回のライターさんはとても美人ですね、モデルさんのようだ」
互いに挨拶を終えたあとで、翠さんはニコリともせずそう言った。だからそれが場を和ませようとした社交辞令なのか、それとも私に好感を抱いてくれた結果の本気の言葉なのか、分かりにくかった。言われた私よりも、隣に立っていた雑誌の出版社の人の方が苦笑をしていて、けれど翠さんはそんなこと全く意に介していないようだった。結局私が何か返事を返す前に、翠さんはすぐに仕事の話を始めてしまった。
他人に容姿を褒められたのは、それが初めてだった。
中途半端に奥二重の目はつり上がりすぎていて昔から怖いとしか言われなかった。大きくしっかりした鼻筋も、薄いのに横に大きい口元も自分では大嫌いだった。
食べても太らない体質は、思春期になっても私を年頃の女の子のような丸く柔らかな体型にはしてくれなかった。そして申し訳程度にしか膨らまなかった胸に反して、背だけは普通以上に伸びた。同性にカッコイイと評されることはあっても、異性から可愛いや美人だと言われたことも、ちやほやともてはやされたことも、一度だってなかった。
私は周りの小さくて可愛らしい女の子がとても羨ましかったし、素直に可愛いと思った。だけど、そんな女の子たちは決まって私に男性のような魅力を感じ、友人として傍に置きたがった。男性から無条件でちやほやされ愛されるような容姿をしているのに、そのうえ女の私からも守られることを欲する彼女たちに、私は静かに傷付いた。

みどりの手紙

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