テーマ:ご当地物語 / 北海道帯広市

それからの、一年

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 おすそ分けのジャガイモも底をついたある日、堰を切ったようにとめどもなく、雪が降りはじめた。向かいの家のオレンジ色の屋根も、毎朝ドバトのつがいが止まる電柱も、何もかもが真っ白に塗り替えられた。四日間降り続いた雪が止んだその夜、やっと轟音を立てて市の除雪作業が始まった。
 夜が明けると、道路は磨き上げられたスケートリンクのように輝き、歩道はよけられた雪が山となり姿を消していた。雪景色には慣れていた私も、数日間でこれほど景色が変わるのは初めてで、戸惑っていた。それでも私の戸惑いを笑うかのように、空には雀が飛び、庭にはエゾリスの足跡が点々と残されていた。
 私は春から使い続けているスコップを持ち出すと、とりあえず郵便屋さんが通れる道を作ろうと、自宅前の除雪を始めた。
 朝日を浴びて微かに溶けた雪も、陽が陰るとたちまちに凍り付く。これを繰り返すと、真っ白で綿菓子のようだった雪は、巨大な氷の塊となってしまう。私は作業がし易いうちになんとか片づけてしまおうと、必死になってスコップをふるった。
 目の前の雪にめぼしを付けると、右、左、上、とスコップを差し込み、最後に下辺へ力強くスコップを差し込んで、すくい上げる。広大な雪原の一部だった雪が、私の目の前に、豆腐のような姿で切断され持ち上げられた。私はその塊を容赦なく脇へ捨てると、次の目標へとスコップを入れる。
 次第に汗ばんだ私は、着こんでいたコートやマフラーやセーターを、順に脱ぎ捨てて行った。呼吸をするたびに零下の大気が、鼻や喉を通り抜ける。上気する身体を、端から冷気が沈めてくれるようだった。
 一時間あまりでなんとか道路と玄関をつなぐ道を掘りあげたとき、私は上機嫌で鼻歌さえ歌っていた。こんな単純なことが素晴らしいのだ。雪をよけると、道ができる。こんな分かりやすいことが、一番なのだ。
 これほど長くスコップをふるっていても、もう豆だらけの私の手は、血を流すことなどなかった。歴戦の勇士のような気分で、私は家へと戻った。長靴の雪を払い、濡れてしまった靴下を脱ぐ。冷えた素足に、暖かな床暖房が心地よかった。窓ガラスは微かに曇り、庭も道路も向かいの家も、関係なく白いぼやけた景色に混濁している。湯で手を揉み洗うと、今さらながらに末端の冷えを思い知らされた。
 昨日の洗い物も同時に済ませてしまったあと、私はミルクパンにココアの粉末とグラニュー糖を入れた。ガスコンロに弱火でかける。砂糖が溶け出し、ココアの濃厚な香りが漂い始めた。カルダモンの粉末と挽いたブラックペッパーを少々混ぜ込んで、少量の牛乳を流し込む。激しい音を立てて蒸気が上がる。手早く練り上げると、また少量の牛乳を注ぐ。

それからの、一年

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