テーマ:ご当地物語 / 北海道帯広市

それからの、一年

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 一人暮らしにはとても消費できないほどのジャガイモが、それからしばらく玄関を占拠した。豚汁に、カレーライスに、粉ふき芋やジャーマンポテト。そしてもちろん、マッシュポテト。私の食卓には、確実に秋が来ていた。
 肌寒い午後、庭へ降りると、植えたつもりもないのに、コデマリの脇でシュウメイギクが花芽を伸ばしていた。そういえば以前から、抜き取るのも忍びなくそのままにしていたのだった。こんなに美しい花を咲かせてくれるとは。その花の薄いピンクと清楚な白のグラデーションは、なぜか隣家の女性を思わせた。
 折よく女性が、何度目かのジャガイモの収穫に庭へ出ていたので、私は思い切ってシュウメイギクの花を切り取ると、女性に声を掛けてみた。
「すみません。もしよろしかったら、これをどうぞ。ジャガイモのお礼です。」
 女性は、大きな目を輝かせて喜んでくれた。
「きれいな花ですね。ありがとうございます。これって、なんていうお花なんですか?」
「シュウメイギクですよ。秋に、明るいに、菊の花と書いて秋明菊。」
「秋ですか。そうですよね。ジャガイモを収穫してマッシュポテトにしなきゃならない季節じゃなくて、今は秋なんですよね。」
「本当ね。私も夏が終わったとしか思っていなかったわ。」
「なんだか秋って、意識しないと気が付かない季節ですよね。とくに帯広なんかだと、すぐに冬が殴り込んできちゃいますから。」
「まあ、やっぱりこっちはそんなに寒いの。」
「ええ、そうですよ。道路なんて全部、スケート場みたいになっちゃうんですから。」
「私もずっと札幌で暮らしてきたから、雪の多いのは慣れているけれど、道東の寒さは楽しみだわ。」
「あら、甘く見ていると転んでケガしちゃいますよ。」
 女性はシュウメイギクの可憐な花を胸に抱いたまま、それからもしばらく、花や虫や気候についてのとりとめもない話を続けた。私も、もう余計なことを考えることなく、それに応じることができた。
 抜けるような晴天は、もう夕日色に燃えている。秋風が揺らすタイサンボクの梢は、いつの間にか黄色に染まっていた。
 冬は本当に、殴り込むようにやってきた。晴天が続くと、か細い太陽が送り込む陽気よりも、空へ逃げてゆく暖気のほうが多くなり、大地は加速度的に冷える。気温はあっという間に氷点下を割り込み、庭木はマツやモミの他、すべてが葉を落とし眠りについた。朝ごとに霜柱が黒土を割り、大気は凍り付いてキラキラと輝いた。

それからの、一年

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