テーマ:二次創作 / グリム童話、ジャックと豆の木、人魚姫、ピノッキオの冒険

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「あんたが大学入ったらこっち来るかもと思ってね。ひとりでさびしくないように若い子をウチに入れとこうって考えたのさ。シャアハウスってのが今の流行りだろう、なんかハイカラなテレビ番組で見たんだよ。ありゃ楽しそうだなってね。じいさんが逝っちまってよくわかった、あの家はひとりで住むには広すぎるのさ」
 というのが死の直前のおばあちゃんによる説明で、孫娘への思いやりとしては方向性が多少斜め上な気がしないでもない。
 ただし英語に疎かったおばあちゃんは「シェアハウス」を「シャアハウス」と言っていて、それは死ぬまで直らなかったらしく、今でもこの家は「シャアハウス」と呼ばれている。
「『シャアハウス入居者募集』って広告を見たときは、どこの赤い彗星かと思ったよ。まあ俺ロボットとか好きだし」
「『シャア(Scheiße)』はドイツ語で『どあほう』という意味で、楽しそうな家だなと思って決めた」
とは太郎さんとグレーテの弁であり、住人募集に図らずもひと役買っていたようなのだけど。
 おばあちゃんが「シャアハウス」を始めて最初の入居者が太郎さんと雪絵ちゃんとグレーテであり、その半年後にヒナが入居し、そのまた半年後におばあちゃんが亡くなった。おばあちゃんの死と入れ替わるようにして大学に入学した私が、二代目管理人兼住民としてこの家に引っ越してきたというわけで、つまり私はこのシャアハウスで一番の新米ということになる。初対面の4人との共同生活はまもなく半年になろうとしている。
 私が雪絵ちゃんの作ってくれたにんじんしりしりをつまんでいると、最奥の扉が開いてヒナが起きてきた。
「ヒナ、おはよ」
【おはよう。べにこ、大学は?】
「今日は試験前だから休みなの」
【ふーん】
 人魚姫、と書いて「ヒナキ」と読ませるキラキラネーマーの彼女は専門学生であり、私たち住人はヒナの声を聞いたことが一度もない。意思疎通は持ち歩いているタブレットによる筆談で行う。
【今日夜、べにこは暇?】
「うん。試験残りひとつだし、もう勉強終わってるから時間あるよ」
【そう】
 ヒナは恐るべきスピードでタブレットに文字を入力する。彼女はほんわかとした見た目に似合わず、上京してきた想い人を追いかけて東京にやってきた情熱人である。東京で最初に飛び込んだ占いの館(なんとかの母とかいうやつ)で「400日間、他人との会話を断ちなさい。さすれば必ずや恋は成就する」というアドバイスを受けて以来、本当に一言も言葉を発していないというのだから恋ってやつはおそろしい。しかも彼女の通っている専門学校は声優の育成校である。

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