スクランブルス
「あんたまたベッドの上でパン食べたでしょう。ほら、床に落ちてるパンくず拾って」
「日本のパンはとても美味しい。たとえそれがコンビニのものでも」
幼子を叱るような口調の雪絵ちゃんに、グレーテは真剣な顔で答えた。彼女のパーカには漢字でデカデカと「一番」の二文字がプリントされており、そのフードには――8枚切りの食パンが2枚入っている。
「ちょっとー! フードはそんなことに使わないの! この家をゴキブリ御殿にしたいわけ!?」
雪絵ちゃんが金切り声をあげたので、私はこらえきれずにふふっと笑ってしまった。
「なんでよ……洋服なんて本来あんたんとこの発明品じゃない……」
小言を言いつつグレーテをバンザイさせてパンくずをとってあげる雪絵ちゃんはとても優しい。グレーテの突拍子もない行動は国籍の違いなんかではなくて、彼女の元からの個性だから、と太郎さんが言っていたことを思い出した。正確な意図としては「元からの個性だから(雪絵、後始末は頼んだ)」といったところだろうか。
「雪絵、私は今日東京タワーに行きたい」
「昨日スマホ買ったんでしょう。ほら、地図アプリ入れたげるから貸してみて」
雪絵ちゃんはぶつくさ言いながらもスマホをいじって設定してあげている。グレーテの憂いを湛えたマットな金髪が朝日を受けて輝く。
「ありがたき幸せ。痛み入る」グレーテが左手をグー、右手をパーにして合掌した。
「どこで覚えたんだよそんな日本語」
太郎さんが優しく笑いながら、グレーテのフードから食パンをつまみあげてぱくついた。冷蔵庫のペットボトルでパンを飲み下したあと、わずかに顔をしかめて呟く。
「あっやべ、これ培養液だ」
「べにこ、悪いけど私今日も遅くなるから」
雪絵ちゃんが振り返って私に言う。
「べにこすまん、この家胃腸薬どっかないか」
「冷蔵庫の青いタッパーはみんなで勝手に食べていいからね」
まるでお母さんみたい、と思いつつ私はうなずく。
おばあちゃんが生前に残してくれた一軒家は、5人の住民で今日も賑やかだ。
ルームシェアするなら仲の良い人とかな、とぼんやり思っていた私だが、そうではないケースだってあるらしい。この家のメンバーは全員他人だけど、そこそこうまく回っている。
おばあちゃんは生前老人ホームに移る際、それまでひとりで住んでいた二階建て一軒家をシェアハウスとして貸し出すことに決めた。というのは亡くなる直前まで知らなかったので私は大変驚いたのだが、もともと新しもの好きでバイタリティに溢れていたおばあちゃんの性格からすれば、それほど突拍子のない話ではなかった。
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