かさねぐらし
「この部屋にいらないものは何一つないです。この部屋の外にはいらないものしかありません。でも本当にいらないのは、この部屋で、この私の方なんです」
私は立ち上がってそのままベッドに潜り込もうとした。が、同じく立ち上がった彼が私の手を掴んで足を止めさせた。
「まだ話は終わっていませんよ」
「いいえ、終わりました。これで終わりです。他にはなにもないし、始まる予兆もありません。私は湿気った種なんです――大事なものを見つけられない私がすべて悪かった」
「一緒にベッドで寝ましょう!」
私は振り返り、彼の顔を、いかにも真面目っぽい彼の目を見つめた。
「言ったでしょう。共犯者になりましょう。少なくとも僕の方には君の弱さにつけこむだけの動機がある」
「私の話、聞いていましたか?」
「何もない? だったらセックスで埋めればいいじゃないですか。いいですよ、セックス。初期投資がそこまでかからないし、気持ちいいし。ついでに子どもをもうけましょう。そうしたらこんなワンルーム、すぐにいっぱいになりますよ。いやらしい臭いと生活臭でめいっぱいのぱんぱんに!」
「破滅です!」
「君が欲しているのは、破滅のない生活ではなくて、敷金が返ってこない生活でしょう」
力が抜けて私は背にあったベッドによろよろと座る。彼は私を見下ろすようにして、ぱんぱんと両手をならす。
「大家に怒鳴られてしまおう。ひとり専用の部屋で男を連れ込んで騒ぐなんて、最近の若者は、最近のバカものは!」
自分の言ったことに自分で吹き出した彼は、そのまま馴れ馴れしく私の隣に座ってベッドを弾ませながら私の背中を思い切りの力で叩き明るく笑ったのち、少し声を低めた。
「他人の存在のあるなしで奪われないような、本当に大事なものがある人なんてそんなにいないんじゃないですか」
私の背中に伸びていた手が、いつのまにか私の手を震えながらにやわく握っていた。
「それでも騙し騙しにやっていくしかないんですよ。美しい夢を見たいと縋りながら」
ごつごつとして熱かった。
「ねえ、だからもう少しだけ騙されていたふりをしてください。僕と一緒にかさねぐらしを続けてください」
私たちは見つめあった。
「だめです」
「そこで断っちゃだめでしょ」
震える彼の手を強く握り返す。ぎょっとした手がおずおずと握り返してくる。私の手も熱を帯びてきて、互いの温度がわからなくなる。重なって混じり合う。
もともと、それが正しい順番だったのだ。
かさねぐらし