テーマ:一人暮らし

かさねぐらし

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「君はドラマを信じますか」
「ドラマって信じる類のものなんでしょうか」
「言い方にこだわるのはやめてくださいよ……君は運命を信じますか」
「まったく」
「美しい幻想に恋い焦がれることは」
「あまり」
 顔を見なくても、彼が声を抑えて笑っているのだとわかった。いつもの体育座りで、だれからもその笑みを隠し通すように唇を膝に押し付けて。
「一般的に運命といわれているそれは、十分に妥協の努力がなされていると思います」
「ええ、同感です。でもやっぱり僕は運命があるんじゃないかって気がしてきましたよ。こんなに意見が合うとは思わなかったですから」
「本当の話をしましょうか」
「そうしましょう。僕も昨日は眠れなかったんです」
「どちらから尋ねますか」
「同時に言ってみませんか。もしかしたら、なあなあになって、二人はまたブランケットに入れるかもしれないし」
「ひそひそといいましょう」
「ええ、ひそひそとそうしましょう」
 私たちは目だけを合わせて、一呼吸をおいたのちほぼ同時に口を開いた。
「私はいったいなんの共犯者にさせられるんですか」
「君は何回お引越しをされたんですか」

 どうして気づかれたんですか、と彼が先に切り出したので私は指折りながらだらだらと話してゆく。
「一室しか重ならないはずなのに、靴箱にあなたの靴がありました……それと今までのかさねぐらしでは同じ建物にある同じ間取りの部屋としか重ならなかったんです。ネットで調べてみたところ、出窓が外から見える部屋が、この部屋と同じ間取りらしくて。だけど出窓にカーテンを掛けていない部屋は私の部屋だけでした。そして、なにより」
「何より?」
「あなたはベッドで寝るのを拒みました」
 男は声を立てて笑ったのち、口元に冷笑だけ残した。
「大した犯罪ではないんですよ。正義のために父の卑しい金を盗んだところ、見つかってひどい口論になりましてね。かっとなって、思い切りに殴って、それで逃げてきた、というわけです」
「それは……生きているんでしょうか」
「昼間、ぶらついて新聞を読んでみたんです。今日も街は平和でしたよ」
 私は指折った手をもう片方の手でぎゅっとくるんだ。
「あなたが悪い人ではないと、十五パーセントぐらいは信じていました」
「まったく信じてないですし、信じなくていいですよ。本当は殺してしまったのかもしれないし、だいたい他人の部屋に居座っているのは事実ですし」
「結果だけ見ても評価なんてできません。灰の重さで人生は量れないでしょう」

かさねぐらし

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