テーマ:ご当地物語 / わかばニュータウン

夢のあと

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 あぁ、星は、あんなに高いところにいるから、どんな遠くのことだって、見渡すことができるのです。死んだら星になると言うけれど、町や、遊具も、そうなのでしょうか。広い空に瞬く星のひとつひとつが、「わかばニュータウン」の瓦礫のような気がしました。私もいつか、星になる日が来るのでしょうか。
 
 どんな時も、朝は、やってきます。それはとても、素晴らしいことです。たとえ、ひとりぼっちであっても。シロツメクサが目を覚まし、ススキの穂にたまった朝露が、まっさらな光りをうけて輝きました。
 新しい空気を切り裂いてやってきたのは、一台のファミリーカーでした。
 おさげに若草色のりぼんを巻いたまっくろな女の子が後部座席から元気よく飛び降り、私を見るや、両手をあげて駆けてきました。
 「すべり台だ!」
 笑顔が、ななこにそっくりです。そのこは、だんだんと音を立てて私の階段を駆け上がり、きゃあきゃあと斜面をすべりおりました。私は、斜面にこすれる小さなおしりの感覚に、止まっていた時間がいっぺんに動き出したような気がしました。
 女の子は、たん、と地面に足をつくと、支柱の方へ回り込み、私の下にもぐりこみました。いたずらっこいくりくりした瞳が、私に巻かれたりぼんを映します。
 「おかーさーん! みてー!」
 女の子が勢い良く立ち上がった拍子で、私の天井に頭をぶつけてしまいます。
 「あぁ、もう、ほらほらだいじょうぶ?」
 あわてて走りよってきた母親は、女の子に似て肌が黒く、おそろいの若草色のりぼんをひっつめたおさげに結び、ぱんぱんのトートバックをさげていました。しゃがんで女の子のぶつけた頭をわしわしとなでまわし、おしりについた泥をはたいてやります。
 「子供の頃のあたしにそっくりで、おてんばなんだから」
 と笑います。その笑顔を、私は昔から知っていました。
 「おかーさん、ほらみて、こんなところに、りぼんがいっぱい!」
 女の子が指さす先に目線を映すと、その母親は、はっとして立ち上がり、女の子と同じように、天井に頭をぶつけてしまいました。きゃらきゃらと笑う女の子のこともかまわず、目が釘付けです。
 赤いりぼんや、花柄のりぼん、黄色いチェックに、水玉もよう、金魚のようなひらひらしたの。
 「みんな、あたしの……」
 その母親の、いえ、ななこの瞳に映し出されたものは、私もすべて知っていました。
 「すべりだい全力駆け下り」や「立ち乗りシーソー」、「ぶらんこジャンプ」、「噴水大爆発」、駆け足で公園を突っ切り通った小学校への道、遊歩道を歩くたけるを追いかけた放課後、校庭の運動会に親子ドッジボール大会、夏休みラジオ体操、サッカー教室。そして、縁日。「泣き虫たける、泣き虫たける」、と蛍光色に光るおもちゃの剣を手にしたいじめっこたちを、両手にヨーヨーとスーパーボールをいっぱいに抱えて返り討ち。たけると並んで見上げた「大玉50連発!」に、引っ越した跡も縁日になると戻ってきて、仲間と騒いだあの時間。

夢のあと

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