テーマ:ご当地物語 / わかばニュータウン

夢のあと

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 私が生まれたのは、シロツメクサの原っぱです。向こうには、ススキがぼうぼうの野っぱらがありました。雑草(と、皆は呼びました)ばかりじゃ、ここで遊ぶようになる子供がつまらなかろうと、私はここに根をおろされたのです。その時はまだ、まわりは野っぱらとひろい空ばかり。だから私は、自分が草はらのなかの少し変わったシロツメクサだと信じていました。三つ葉のなかに、たまに四つ葉があるように。やがてショベルカーやクレーンやらがやってきました。野っぱらはすっかりアスファルトに覆われ、ぴかぴかのマンションが一棟建ち、二棟建ち、私をぐるりと取り囲むような形で、ちいさな団地ができました。
 さっそく越してきたのは、子供の多い若い家族ばかり。子供たちは、私を見つけると歓声をあげました。
 「すべり台だ!」
 だから私は、団地の一角にたたずむ「すべり台」となったのです。
 時を同じくして、私のまわりには、「ぶらんこ」や、「シーソー」なんかが加わり、こじんまりとした公園ができました。木製のシーソーには、馬の顔と取っ手がついていて、小さい子でも、手を離して落っこちないような工夫がされていました。時間になると水が噴き出す、石でできた噴水もありました。見上げれば、いつのまにやら空はマンションの輪郭にジグザグザクと切り取られ、ぽっかりと天井に空いた明かり取りの窓ほどの広さほど。夜じゅうともるマンションの灯りのおかげで空は明るく、星はひとつ、ふたつほどしか見えません。団地の入り口には、「わかばニュータウン」という金属製の飾り文字が踊る真新しい看板がかけられ、くる日もくる日も、引っ越しのトラックが出入りするようになりました。
 いっぽう私は、今はもうないシロツメクサや、心地よい風の音、どこまでも広い空、そこに瞬く星々を懐かしく思いました。どれももう会えないのだと思うと、支柱がぽっきり折れてしまいそうでした。
 「みんな、どこへ消えてしまったんだろう?」
 私は、空の低い位置でいっそう光る星に向かって、尋ねました。私には10段の階段があり、頭のてっぺんが、わりと空と近い位置にあったので。星は答えました。
 「なくなったわけじゃないさ、見えないだけで。それにこれから君は、シロツメクサに囲まれていた時よりも、ずっとずっと長い時間を、この団地ので過ごすことになるんだぜ。今にもっと愛すべきものができるさ」
 生まれたばかりの私には、風にそよぐシロツメクサより素敵なものなど、思いつきませんでした。星の言う、「ずっとずっと長い時間」というのは、いったいどのくらいのことを指すのでしょう。

夢のあと

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