テーマ:ご当地物語 / わかばニュータウン

夢のあと

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 ところが、公園で遊ぶ子供たちは、日に日に減っていったのです。肩からランドセルをおろし、制服に身を包み、あるいはスーツに袖を通し、団地からそれぞれの世界へ羽ばたいていったのです。子供が成長することは、とても微笑ましく、そしてさびしいことでした。私は成長しません。ただ、老いてゆくのです。それは、ほかのぶらんこも、シーソーも、そして「わかばニュータウン」も同じでした。
 去年の縁日の晩、たけるとななこが並んで私にのぼり、だまって花火を眺めていました。肩を並べて座っていても、たけるのほうが、ななこよりもだいぶ背が高いのがわかりました。
 ななこの家族が引っ越していったのは、その翌日のことでした。私は、夏のおわりのつむじ風が吹き飛ばす花火の燃えカスの向こうに、連なる引っ越しトラックと、それを見送るたけるの後ろ姿を眺めていました。

 ななこのほかにも、馴染みの子供たちが越していくことが増えました。でもね、みんな縁日の時になると、それぞれの場所から、生まれ育った「わかばニュータウン」へ戻って来るのです! 打ち上げ花火は、どこかの地域の事故を受け、少し前に廃止になってしまいましたが、あいかわらずちょうちんが張られ、やぐらが組まれ、出店が賑やかに軒を連ねました。
 背もぐんとのびたむかしの子供たちが、夜も更けたというのに年甲斐もなくぶらんこに体をねじ込み、めじろのように連なってシーソーにまたがり、噴水で花火を噴射し、私のまわりでたむろするのを、私は懐かしい気持ちで守っていました。わぁっと声があがると、輪の中心にいるのはやっぱりななこで、ある時など、「わかばニュータウン」の看板の「わ」をくり抜き「かばニュータウン」にしてしまい、笑い転げていました。そのなかに、しかしたけるの姿はありません。中学を卒業してすぐ働きに出たというのを風の噂できいていたので、きっと、遠いところで忙しくしているのでしょう。細い支柱に結ばれたリボンが、さらさらと夜風に揺れました。
 そして夜が明け、一人、また一人ともとの世界へ戻ってゆき、朝の光が、噴水のまわりに散らばった花火の燃えカスや、つぶれた空きカンや、煙草の吸い殻などを照らしだします。私はそれらを見下ろして、いっそう「夢のあと」と思うのでした。

 ある日、ショベルカーやクレーンやらがやってきて、ぶらんこを連れて行ってしまいました。「ぶらんこジャンプ」をして足の骨を折った子供がでたので、自治会が、「危険遊具の撤去」を決めたのです。ぶらんこがあったところには、鉄柵と金属の支柱だけが残されました。それでも、文句を言う子供たちはいませんでした。そもそも、「わかばニュータウン」の子供たちは、もうぶらんこで遊ぶような年齢ではありませんでしたから。

夢のあと

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