夢のあと
細い支柱に結ばれたりぼんは、じょうぶな鉄の板の下で守られて、りぼんは雨に打たれもせず、あの頃のままの姿でそこにありました。
「こいつは、残していく」
有無を言わせぬ物言いに、若者は、え、でも……と口ごもりながらも、だまってきびすを返すたけるの背中を追って、振り返り振り返り、行ってしまいました。
「取り壊し」を終えた一団が去っていくとき、窓から顔を出して、若者が言うのが聞こえました。
「これが、かつての『かばニュータウン』の、なれの果てか」
「ばか言え、『わかばニュータウン』だよ」
たけるの声です。
「えっ、でも、入り口の看板、『わ』がないっすよ」
金属でできた、看板の「わ」の字片手に笑い転げるななこの笑顔は、何億光年もかなたでした。去ってゆくトラックの後ろ姿を見つめながら、「夢のあと」に置き去りになったことを知りました。
私は、ひとりぼっちになりました。
公園の片隅にひっそりと咲いていたシロツメクサは、とたんに勢いを増し、前のように一面の原っぱになりました。その向こうには、とっくに取り壊された老人ホーム、もと小学校の跡地に生えるススキの野っぱらが続いています。空は広く、たくさんの星が瞬き、まるで生まれた頃に戻ってきたようでした。
しかし、私は、シロツメクサもススキも、風の音も、広い空も、懐かしく感じることはできませんでした。思い出すのは、鉄筋5階建ての3棟の団地、軋むぶらんこの鎖の音、スロープつきの小学校のある「わかばニュータウン」、そしてそこに住む人々の暮らしの賑やかな声と、息吹ばかりでした。
私は、広い空でまたたきはじめた星に、話しかけました。
「久しぶり」
星は、まるでついさっき別れたばかりのような調子で、あぁ、きみか、と答え、
「久しぶりってこたないさ。ぼくの時間にしてみれば、そうだな、すべり台をすべりおりるくらい、ほんの一瞬のあいださ」
「その一瞬のあいだに、町が生まれて、年をとって、がらがら音を立てて崩れて、終わってしまった」
私は言いました。すると星はくすくす笑うように瞬き、
「言ったじゃないか。星は、超新星爆発のあとは、また赤ん坊の星に新しく生まれかわるってね」
私は、まるで地球上にひとりぼっちのような気持ちで、地面の丸さを感じました。シロツメクサとススキは、どこまでも、どこまでも、続いているんじゃないかしら。
「安心しろよ。なくなったわけじゃないさ、見えないだけで。その証拠に、ぶらんこは隣町のアスレチックにいるし、シーソーは地球の裏側の国に送られて、現地の子供たちに大人気。たけるは一人前の工事現場の監督になってばりばり働いているし、ななこだって、今じゃ立派な肝っ玉母さんさ」
夢のあと