テーマ:一人暮らし

花も涙も置ける部屋

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 憑りつかれてるように働く柊也は、すごく違和感があった。
「お父さんの借金をかえすって言ってたよ。あんなに子供を働かせる親は親なんかじゃないよ。前は親戚にお金を借りてこいってあちこち行かされて、顔腫らしてきたこともあるしね」
「……そう、なんですか」
 大丈夫なんだろうか。私のことなんかより、自分が大変なんじゃん。
 自分の部屋に戻ったのは夜11時だった。小さな白い花が出迎えてくれる。柊也を心配する気持ちはあったけど、悲しい気持ちはなかった。静かな部屋で一人布団に入るときも、なぜか暖かい優しい気持ちだった。柊也の言葉が頭にめぐる。安心できる場所。あの悲しい家では、安心して眠れたことなんかない。だけど、今は、ないわけでもないかもしれない。
翌朝、学校に姿を出した柊也はまた眠そうに力なく廊下を歩いていた。私に気づくと、にこっと笑って「元気になった?」と聞いてきた。
「元気になった。柊也は大丈夫?」
「大丈夫だよ。いつも学校で寝るから」

 それから何時間も机に突っ伏したまま柊也はずっと寝ていた。それをたまに男子たちがからかっているのを見ると、ものすごくむかついた。私は男子たちをにらみつけながら、床に落ちた柊也のブレザーを拾って寝ている柊也にかけた。男子たちが冷やかすようにこちらに何かを言う。そんなのも耳に入らないくらい私は強い気持ちだった。こんな自分になれたのは初めてだった。

 それからも柊也は毎日のように働きづめだった。柊也が大丈夫かどうか私は確かめるように毎日深夜お店の終わる時間に起き、パジャマのまま柊也に会った。おにぎりを握って、缶コーヒーを持って、「おつかれさま」を言う。そこで10分ほど話して、また眠る。私の毎日に、その大事な時間が足された。柊也の顔を見ると安心できた。
 そんなある日だった。柊也からの連絡が突然こなくなった。ラインの既読はつかず、学校にも来ない。お店にも現れず、秦野さんも何も知らないと言った。ついに倒れたのかもしれない。私の心臓はバクバクとなって、学校での授業は何も耳に入ってこないし、何も考えることができなかった。ずっとラインを開いて、既読がつく瞬間を待った。そうして、ようやく既読がついたのは、それから二日後だった。
『大丈夫?』
『どうしたの?』
『たおれたの?』
『会って話そうよ』
『会いたい』
 柊也のことで頭がいっぱいになっていた私は焦る気持ちでラインを何回も送り続けた。どうにかなってしまいそうだった。柊也との時間を失いたくない。その一心だった。

花も涙も置ける部屋

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