テーマ:一人暮らし

花も涙も置ける部屋

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 柊也とは本当によく出くわした。学校はもちろん、スーパーで買い出し中にあったり、アパートの前で会ったり、そのたびににこりと笑って挨拶をしてくれる。それが、なんだか嬉しかった。

「アイカちゃん。煮物。こういうの、食べてないんじゃない?」
 ある夜、秦野さんが突然チャイムを押してやってきて、タッパーにいれた煮物をくれた。まだ暖かいそのタッパーから優しい匂いがする。
「ありがとうございます。でも、あたし、こう見えて料理するんですよ?」
「あれ、そうなのかい。偉いね。お母さんがきっと料理上手なんね」
「……ああ、はい」

 お母さんの料理は、あまり覚えていない。
「アイカちゃんが、あの花を喜んでくれるだろう? だから毎日生きがいができたみたいだよ。あそこを綺麗にして、毎日違う花を飾って。アイカちゃんみたいなかわいい子がいて元気になってしまったよ」
「本当ですか。私こそ秦野さんがいて本当によかったです」

「そりゃあ、嬉しいよ。下の、うるさいのは慣れたいかい。大丈夫?」
「あ、全然大丈夫です」
「そうか。よかった。じゃあ、下のボウズにも煮物を分けにいこうかね」
「ボウズ?」
 柊也のことではないか、とすぐに分かった。
「今日はお店休みでしょ?」
「うん。そう。だけどボウズはお店で寝てるみたいだからね」
 どうしてお店で寝るのだろう。毎晩深夜まで働いて、学校ではいつも寝ている柊也。
「一緒にきてくれるかい?」
「え、でも……」
「友達なんだろう?」
 友達。そう言われて嬉しい気持ちになった。
 スナックの中に入るのは初めてだった。中は薄暗く、昭和ぽい椅子とテーブル、木製のバーカウンター、カラオケセットなどがあった。奥のソファー席で柊也は横になっていた。
「ボウズ。おなかすいてないのかい」
 秦野さんがでかい声でそう言うと柊也は体をびくつかせてすぐに起き上った。そのねぼけた様子が面白くてかわいかった。
「なんで佐々木さんまでいんの」と頭を恥ずかしそうにかく。
「なんでって友達だろう? 一緒に煮物でも食いなさい」

 テーブルを挟んで向かい側にそうっと腰かけた。秦野さんは暖かいタッパーの蓋をあけておいてくれた。そうするとにこりと笑って出ていった。沈黙が流れると、はっとした。なぜ私はスナックで男子と二人で煮物なんか食べるのだろう。気まずさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
「なんでさ、佐々木さんって一人で暮らしてんの」
 柊也が口を開いた。
「それは、なんだろう。学校から近いから……」

花も涙も置ける部屋

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