花も涙も置ける部屋
繁華街を歩いていると、制服を着た中高生のグループにいくつかすれ違う。そのたびに俯いて自分の足ばかり見た。クマがまたため息をついて私を見る。
そんな私にも優しく迎えてくれるものがあった。アパートの十個ある集合ポストの上に小さな花瓶があっていつも秦野さんがかわいい花を日替わりで飾ってくれた。黄色い名前の知らない花が「おかえり、アイカちゃん」って今日も迎えてくれた。
夕方の時間帯を過ぎると、無音だった部屋がざわつき始める。これも毎日のことだった。下のスナックが開くのだ。これはもちろん深夜まで続く。声までは聞こえないけど、その人の気配が私を逆に安心させてくれた。だから、下がお店でよかった。そう思っていた矢先、私は酔っ払い客に絡まれた。
「お嬢ちゃん。飲みにいこうよ。一軒だけ」
私は必死に抵抗したが腕を力強く捕まれていた。恐怖で声がだせなかった。酔っ払いのひとは本当に苦手だし、男の人に腕をこんなに強く捕まれたことなんかなくて私は殺されるかもしれない、とすら感じた。
「なにしてるんすか」
すぐに助けはきてくれた。店から一人の若い男の人が出てきて止めてくれたのだ。その男の人は細い体でまだどこかあどけない顔をしていて、私の顔を見るなり驚いたように固まった。それから、慣れたように酔っ払いを追いやってくれた。
「ありがとうございます」
「港明の子じゃない?」
「え」
「港明の1年6組」
私はちゃんと男の人の顔を見たが、全く見覚えがなかった。だけど、その顔は確かに自分と変わらないまだ子供のような顔だった。
「俺も6組にいるんだけど。知らない? 畑中柊也」
「ごめん、」
「ああ、いや、わからないよね。ていうか、何してるの」
私は自分がジュースを買いに出ただけのスウェット姿だったことを思い出して急激に恥ずかしくなった。
「あの、ここに住んでるんです」と
を差す。
「本当? 俺ここでいつも働いてるよ。昔からいた?」
「いや、ちょっと前に引っ越してきた」
「そうなんだ。偶然だね。今度店くれば? 料理うまいよ」
にこりと笑うと彼は優しい顔になった。
「うん。じゃあ、また」
それが柊也との出会い。翌日学校で見つけた彼は眠そうに何度もあくびをして授業中はほとんど寝ていたが、こちらを見ると挨拶をしてくれた。きっと元気なグループに属しているのだろうと思いきや、彼は本当に寝てばかりで終わればすぐに一人で席を立って帰ってしまう。不思議な人だった。それでも、会話をするひとが秦野さんだけではなくなったのは、かなりの変化だった。
花も涙も置ける部屋